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憲法9条加憲論

特集 憲法改正を考える
憲法9条加憲論

会報「SOPHIA」 平成31年1月号より

 会報編集委員会

 自由民主党憲法改正推進本部は、平成30年3月26日付で、憲法9条1項及び2項を維持しつつ、自衛隊を憲法に明記するという、いわゆる憲法9条加憲論に基づく条文のイメージ案を公表しました。
 このイメージ案に対して、日弁連は、第69回定期総会(平成30年5月25日)の決議において、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から問題提起を行っています。
 この日弁連の指摘も参考にして、イメージ案に呈されている問題点を整理しました。

第1 総論

 自由民主党(自民党)憲法改正推進本部は、平成29年12月20日に「憲法改正に関する論点取りまとめ」を公表した。その中では、自衛隊については、9条1項・2項維持論と9条2項削除論とが示され、また共通する問題意識として「シビリアンコントロール」も憲法に明記すべきとの意見があった旨記載されている。
 そして、同本部は、平成30年3月26日に「憲法改正に関する議論の状況について」を公表した。これは、9条1項・2項維持論に立った上で、憲法に自衛隊を明記しようとするものである。明記の仕方については、当初検討されていた①案に記載されていた「必要最小限度」という文言を削除し、②案のイメージ案を基礎とするべきとされている。

<①案>当初検討されていた案

第9条の2 我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つための必要最小限度の実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

<②案>公表されたイメージ案

第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 このイメージ案に対して、日弁連は、第69回定期総会の決議において、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から、以下のとおりいくつかの問題点を指摘している。
 なお、日弁連は、イメージ案により自由や平和の在り方がどのように変わるのか、変わらないのであればなぜかを、国民が明確に判断する必要があり、そのためには、自衛隊明記案の課題ないしは問題についての情報が国民に対し多面的かつ豊富に提供され、国会の審議や国民の間の検討に十分な時間が確保されるなど、国民が熟慮する機会が保障されることを求めているが、憲法改正自体に反対する立場には立っていない。

第2 イメージ案1項の問題点

1 恒久平和主義の在り方に変容をもたらすおそれがあること

 「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため」に必要な自衛の措置をとることを妨げないと定められているが、この目的の定めにより「必要な自衛の措置」の範囲が一義的に確定できるわけではない。
 また、自民党憲法改正推進本部内で当初検討されていた上記①案では、「必要最小限度の」実力組織として自衛隊を保持すると定められていたが、公表されたイメージ案(上記②案)は「必要最小限度」という文言が削除されている上、自衛隊の任務や権限を限定するような規定も設けられていない。そのため、内閣及び国会が「自衛のために必要である」と判断すれば、我が国に対する直接の武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力行使の範囲を超える武力行使や新三要件及び安全保障関連法制に基づく存立危機事態における集団的自衛権をも逸脱し、自衛隊の任務・権限をさらに拡大・増強する解釈を導くことにもなりかねない。
 憲法は、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するとともに(前文)、武力不行使(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)を定め、徹底した恒久平和主義を採用している。また、政府は、憲法9条2項の「前項の目的を達するため」とは、侵略戦争放棄の目的を達するための戦力不保持、交戦権否認であると解し、個別的自衛権及び集団的自衛権のいずれの行使も認められるといういわゆる限定放棄説を採らないことを明確にしている。にもかかわらず、上記のような解釈が許されるのであれば、いわゆる限定放棄説が述べている平和主義の内容へ近づくことになり、日本が採用する徹底した恒久平和主義の内容に実質的な変化を生じさせるおそれがある。
 日本の平和主義の在り方を根本から揺るがす問題である以上、そもそも憲法において自衛隊の武力行使を認めるべきか、認めるとすればどの範囲まで認めるかといった、自衛権行使自体の是非とその限界を明確に定めることが求められる。

2 憲法上の制約が及ばず立憲主義に違背するおそれがあること

 イメージ案では、「前条の規定は・・・必要な自衛の措置をとることを妨げず」と規定されており、憲法9条の2を同9条の例外規定と解すると、同9条に関するこれまでの解釈による制約を受けることなく「必要な自衛の措置」を解釈することが可能となる。その結果、自衛隊の行動に対する憲法上の制約が働かなくなるおそれがある。

3 憲法9条2項が形骸化するおそれがあること

 そもそも、憲法9条2項を維持しながら自衛隊を明記するとすれば、自衛隊は、「戦力」ではなく「実力」であるとして同9条2項に定める「陸海空軍その他の戦力」に該当しないと解釈するか、あるいは該当するとしても例外として許容されると解釈される可能性がある。
 政府は、自衛隊創設以来、自衛隊は「戦力」にはあたらないとの解釈を貫いてきた。しかしながら、憲法上存在が正当化された自衛隊が、憲法9条の例外として許容された「必要な自衛の措置」である武力行使を行うことができると解釈する余地が生まれ、ひいてはかかる「必要な自衛の措置」が憲法9条2項の交戦権の否認の例外として許容されることにもなりかねない。このような解釈が容認されるのであれば、同9条2項につきこれまで積み重ねられてきた解釈による制約も及ばなくなり、同9条2項を維持した意味がなくなるおそれがある。 

第3 イメージ案2項の問題点

自衛隊の行動に対する統制手段が憲法上確保されていないこと

 イメージ案の2項では、自衛隊の行動は、「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」とされ、国会の承認の対象とすべき事項や、その他の統制手段について憲法上何ら定めがなく、専ら包括的に法律に委ねられている。自衛隊による武力行使の発動手続やその始期・終期など自衛隊の行動に対する統制内容や手段に関する具体的な規定が憲法上設けられていなければ、実効性のある統制を実現することはできない。