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憲法9条の歴史

特集 憲法改正問題を考える
憲法9条の歴史

会報「SOPHIA」 平成31年 1月号より

 会報編集委員会

 憲法改正問題を考える前提として、憲法9条の誕生過程(いわゆる芦田修正の経緯)、憲法9条に関する歴史、そして憲法問題に関する日弁連の対応について、以下整理しました。

1 憲法9条の誕生過程・芦田修正

 昭和20年8月14日にポツダム宣言を受諾し、翌15日に「万世の為に太平を開かん」として終戦の詔書が出され、終戦直後の日本政府は平和国家の確立を模索する。日本政府は、昭和21年2月13日に交付されたGHQ草案を踏まえて審議を重ね、同年3月6日に「戦争ノ抛棄」
を盛り込んだ「憲法改正草案要綱」を整理した。
 同年7月25日から芦田均を委員長とする「帝国憲法改正案特別委員会小委員会」で審議が始まった。小委員会では憲法9条のみならず、憲法25条の生存権や義務教育の中学校までの延長等の修正もなされている。小委員会の審議時点での日本政府の憲法改正案の規定は次のとおりであった。
第九条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
第二項 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。
 芦田委員長は同月29日に政府案から第1項と第2項の順序を入れ替えた次の試案を提出した。
第九条 日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず。国の交戦権を否認することを声明す。
第二項 前掲の目的を達するため、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを抛棄する。
 この芦田試案を踏まえ、翌30日にも審議がなされ、1項と2項の順序を政府原案に戻した上、1項の冒頭には「日本国民は」の文言を入れることとなった。これらが審議された以外には、他に特段提案がない中、「前掲の目的」が「前項の目的」へと語句が修正された。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他 の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 芦田委員長自身の修正の意図は明確には判らないが、結果として、「前項の目的」が指す条文が「国際平和の誠実なる希求」とも「国際紛争を解決する手段」とも考えられることとなり、自衛のための戦力を持つという解釈が成立しうることとなった。この芦田修正の経過に重きを置き、憲法9条では侵略を目的としない戦力であれば保持が何ら禁止されていないという解釈論(いわゆる限定放棄説)が「芦田修正説」と呼ばれる場合もある。
 同年8月24日に衆議院にて芦田修正による憲法改正案が修正可決され、日本国憲法は同年11月3日に公布され、昭和22年5月3日に施行されることとなった。

2 憲法9条に関する歴史

(1)帝国議会審議―吉田答弁

 吉田茂首相は、昭和21年6月26日、衆議院にて、自衛権は否定はされないが、満州事変や太平洋戦争が自衛の名の下に戦われた歴史に鑑み、世界の不信をぬぐうために交戦権も進んで放棄する旨説明した。また吉田首相は、同月28日、同じく衆議院にて「正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認むるということは、たまたま戦争を誘発する有害な考えである...正当防衛権を認むるということそれ自身が有害であると思うのであります」等と述べて、自衛戦争を否定するのみならず自衛権までも否定するような語勢にて答弁をした。

(2)朝鮮戦争勃発と「戦力」概念

 日本国憲法制定後、米ソの冷戦が激しくなり国連が機能しなくなる中で、昭和25年6月に朝鮮戦争が勃発する。同年8月に警察予備隊が、昭和27年には保安隊・警備隊が設置されたが、当時の国会では保安隊・警備隊が憲法9条2項の「戦力」にあたらないか議論が沸騰した。政府は昭和27年11月、「保安隊および警備隊は戦力ではない」とする統一見解を発表した。この統一見解では、「戦力に至らざる程度の実力を保持し、これを直接侵略防衛の用に供することは違憲ではない」とされた。
 その後、昭和29年7月に自衛隊が創設されたが、自衛隊と憲法9条2項の「戦力」との関係については、同年12月の衆議院予算委員会で、鳩山一郎政権の林修三内閣法制局長官や大村清一防衛庁長官が、「自衛のための必要最小限度の実力(自衛力)を保持することは禁じられない」という解釈を打ち出し、「自衛権は独立国である以上その国が当然に保有する権利であり、自衛隊は自衛目的での必要相当な範囲の実力部隊であって合憲である」旨答弁した。

(3)砂川事件判決

 昭和34年12月に最高裁判所は、いわゆる砂川事件判決にて、憲法第9条は我が国が主権国として持つ固有の自衛権を何ら否定してはいない、我が国が自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない旨判示した。

(4)昭和47年政府見解-旧三要件

 日米安保条約の自動延長に当たり、条約破棄を求めるいわゆる70年安保運動が起こる中、昭和47年10月、田中角栄政権は参議院決算委員会資料にて次の見解を示した。「政府は、従来から一貫して、我が国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されないとの立場に立っている。...我が憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」
 このいわゆる昭和47年政府見解を基礎に、武力行使について、①我が国に対する急迫不正の侵害があること、②これを排除するために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまること、という三要件(旧三要件)が必要であるとされてきた。

(5)集団的自衛権の定義・権利行使の否定

 米ソ冷戦が継続し、日本政府が日米同盟を強固とすることに腐心する中、昭和56年5月、鈴木善幸政権は、衆議院議員の質問主意書に対する答弁書にて、以下のように集団的自衛権を明確に定義するとともに、保有はするがその行使は禁止される旨の見解を示した。
 「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」

(6)国連活動への協力としての自衛隊派遣

 米ソ冷戦の終結に伴い、国連が機能を回復させ、平成3年に勃発した湾岸戦争にて国連多国籍軍へ自衛隊が参加することについての議論がなされるようになる。湾岸戦争では、日本は資金援助の形で貢献をしたつもりであったが、国際社会からは評価を受けなかった。そうした経験も踏まえてPKOやPKFへの参加の在り方について大きな議論がなされた。政府としては、「多国籍軍による武力行使と一体化しない場合に限り、当該国への支援は集団的自衛権には該当せずに合憲である」旨の答弁をし、個別問題毎に検討を重ねながら武力行使と一体化せず、決して集団的自衛権に該当しない範囲にて自衛隊を派遣し、PKOなどの国連活動への協力を実施していった。

(7)同時多発テロ

 平成13年9月に米同時多発テロが発生し、インド洋やイラクへ自衛隊が派遣される。
 テロ対策特措法の協力支援活動、イラク人道復興支援特措法の安全確保支援活動、補給支援特措法の補給支援活動の議論でも、従前と同様に「武力行使との非一体化」を重視し、その非一体化を示す理屈として「非戦闘地域」という概念が生み出された。

(8)憲法改正手続法

 憲法改正のための国民投票に関する手続を定めるものとして平成19年5月に憲法改正手続法が成立し、平成22年5月に施行された。
 平成26年6月には、同法が改正され、平成30年6月にも憲法改正手続法改正法案が国会に提出されている。

(9)平成26年政府見解-新三要件

 大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発及び拡散、国際テロの脅威により、アジア太平洋地域で問題や緊張が生み出されているとして、安倍晋三政権は平成26年7月に、昭和47年政府見解を基礎とした武力行使についての旧三要件を変更する閣議決定をし①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適切な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまること、という三要件(新三要件)を示した。新三要件は、それまでの政府見解にて否定されていた集団的自衛権の行使の一部を容認する内容となっている。この平成26年の政府見解を具体化していくように平成27年には安全保障法制改定法が成立した。

3 憲法問題に関する日弁連の対応

 憲法問題に関する日弁連の対応については、下表で、これまでの日弁連の声明、総会決議、人権大会宣言・決議を整理した(意見書は割愛した)。
 日弁連は、従前には自衛隊創設、安保闘争等の憲法問題に関する具体的な法令の制定や政治的な動きについて声明、総会決議、人権大会宣言・決議をしていなかったところ、米同時多発テロの発生後ころからはそうした動きに対して積極的かつ即座に対応するようになった。さらに、安保法制に関する政情を背景として、平成26年2月に憲法問題対策本部の設置を決定して以降、さらに対応を活発にしている印象である。
 平成30年5月には、日弁連定期総会にて、「憲法9条の改正議論に対し、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から課題ないしは問題を提起するとともに、憲法改正手続法の見直しを求める決議」が賛成多数で可決されている。

時期憲法9条に関する社会の動き日弁連 声明、総会決議、人権大会宣言・決議
S21.11.3 日本国憲法公布
S22.5.3 日本国憲法施行
S25.6.25 朝鮮戦争勃発
S25.8.10 警察予備隊設置
S26.9.8 旧安保条約成立
S27.10.15 保安隊設置
S29.7.1 自衛隊創設
S34.12.16 砂川事件最高裁判決
S35ころ 60年安保闘争
S45ころ 70年安保闘争
S47.10.14 武力行使についての政府見解(昭和47年見解) (旧三要件)
S52.5.30 【定期総会・憲法施行30周年記念全国弁護士会大会】憲法の定着と発展に関する宣言
H3.1.17 湾岸戦争勃発
H3.4.26 自衛隊の海外派遣開始
H4.6.19 PKO協力法成立
H7.10.20 【人権大会】戦後50年・平和と人権に関する宣言
H9.5.23 【定期総会】憲法50年・国民主権の確立を期する宣言
H9.10.23 【憲法施行50年記念・人権大会】国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言
H13.9.11 米同時多発テロ
H13.10.27 テロ対策特措法成立 テロ対策特別措置法案に関する声明(ただし同月12日付)
H14.12.16 テロ対策特措法に基づきイージス艦がインド洋へ出港 インド洋への「イージス艦」派遣に反対する声明
H15.7.26 イラク特措法成立 イラク特措法に関する会長声明(ただし同月4日付)
H15.12.9 イラク特措法に基づきイラクへの自衛隊派遣基本計画が閣議決定 自衛隊等のイラク派遣に反対する会長声明(ただし同年11月19日付)
H16.4.17 自衛隊のイラクからの即時撤退を求める会長声明
H16.12.10 自衛隊のイラクへの派遣延長を閣議決定 自衛隊のイラクへの派遣延長に反対する会長声明
H17.10.28 自民党「新憲法草案」発表
H17.11.11 【人権大会】立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言
H17.12.8 自衛隊のイラクへの派遣再延長を閣議決定 自衛隊のイラクへの派遣再延長に反対する会長声明
H18.6.20 イラク南部サマワに派遣する陸上自衛隊部隊撤退決定 自衛隊のイラク早期完全撤退を求める会長声明
H19.5.14 憲法改正手続法成立 憲法改正手続法成立についての会長声明
H20.10.3 【人権大会】平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言
H22.5.18 憲法改正手続法施行 憲法改正手続法の施行延期を求める会長声明(ただし同年4月14日付)
H23.10.20 衆議院・参議院各憲法審査会始動 憲法審査会の始動に当たっての会長声明(ただし同月27日付)
H24.4.27 自民党「日本国憲法改正草案」決定
H24.7.27 集団的自衛権の行使を容認する動きに反対する会長声明
H25.5.31 【定期総会】集団的自衛権の行使容認に反対する決議
H25.10.4 【人権大会】恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議
H26.2.20 日弁連理事会内憲法問題対策本部設置決定
H26.5.15 安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(首相諮問機関)の報告書を受け安倍首相が「基本的方向性」を発表 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書を受けて発表された「基本的方向性」に対する会長声明(ただし同月16日付)
H26.5.30 【定期総会】重ねて集団的自衛権の行使容認に反対し、立憲主義の意義を確認する決議
H26.6.13 憲法改正手続法改正法成立 改めて憲法改正手続法の見直しを求める会長声明
H26.7.1 集団的自衛権の行使等を容認する閣議決定(新三要件) 集団的自衛権の行使等を容認する閣議決定に抗議し撤回を求める会長声明
H27.4.27 日米安全保障協議委員会 新たな日米防衛協力のための指針合意 日米防衛協力のための指針の改定合意に抗議し、その国内法制化立法に反対する会長声明(ただし同月28日付)
H27.5.14 安全保障法制改定法案閣議決定 安全保障法制改定法案に反対する会長声明
H27.5.29 【定期総会】安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言
H27.9.19 安全保障法制改定法成立 安全保障法制改定法案の採決に抗議する会長声明
H28.3.29 平和安全法制関連二法施行 安保法制施行に抗議しその適用・運用に反対する会長声明
H28.5.27 【定期総会】安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言
H28.10.7 【人権大会】憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言
H29.11.15 南スーダンPKOとして派遣されている自衛隊に対して、いわゆる駆け付け警護の任務を付与する閣議決定 南スーダンPKOへの新たな任務付与に対する会長声明(ただし同月17日付)
H29.5.26 【定期総会】日本国憲法施行70年を迎え、 改めて憲法の意義を確認し、 立憲主義を堅持する宣言
H30.3.26 自民党憲法改正推進本部 憲法改正「条文イメージ」提示
H30.5.25 【定期総会】憲法9条の改正議論に対し、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から課題ないしは問題を提起するとともに、憲法改正手続法の見直しを求める決議
H30.6.27 憲法改正手続法改正案国会提出 憲法改正手続法改正案の国会提出に当たり憲法改正手続法の抜本的な改正を求める会長声明