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~「不同意わいせつ罪」「不同意性交等罪」へ(令和5年刑法等改正)~

犯罪被害者支援連載シリーズ100 性犯罪・性暴力をめぐる最近の動き4
~「不同意わいせつ罪」「不同意性交等罪」へ(令和5年刑法等改正)~

会報「SOPHIA」令和5年7月号より

犯罪被害者支援委員会 委員 長谷川 桂 子

1 はじめに

 本シリーズでは、「性犯罪・性暴力をめぐる最近の動き」として、平成29年刑法改正(性犯罪規定)後の、3年後見直しに向けた政府による調査・研究、検討会における議論を3回に分けてお伝えしてきた(2020年11月号、2021年1、6月号)。
 本年6月16日に成立した「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(令和5年法律第66号。以下「改正法」)は、平成29年改正で見送られた強制わいせつ罪、強制性交等罪の構成要件の改正等を実現する画期的な改正であった。
 4回目の本稿では、刑法176条、177条の改正について、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会(以下「部会」)での議論も交え報告する。

2 「不同意わいせつ罪」「不同意性交等罪」へ~176条、177条の改正

 法制審議会への諮問(第117号)では、「第一 相手方の意思に反する性交等及びわいせつな行為に係る被害の実態に応じた適切な処罰を確保するための刑事実体法の整備」として、①暴行・脅迫の要件、心神喪失・抗拒不能の要件改正、②同意年齢引上げ、③相手方の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等及びわいせつな行為に係る罪の新設等について意見が求められていた。
(1)暴行・脅迫、心神喪失・抗拒不能要件の改正 
 部会では、性犯罪の処罰根拠が「意思に反した性的行為」であること、性犯罪の保護法益が「性的自由、性的自己決定権」であること、性犯罪の本質的要素が「自由な意思決定が困難な状態で行われた性的行為」であることに異論はなく、これを前提に各論点の議論がなされている。
 改正前の構成要件については、①解釈、判断のばらつきがあり、処罰すべき事例が処罰から漏れている、②暴行脅迫要件について「抵抗を著しく困難」な程度を要求することが、被害者に抵抗を義務づけている、被害に遭うと身体がフリーズして動かなくなったり、
頭が真っ白になるなどの被害実態を無視しているなどの問題点が指摘されていた。部会では、これらを踏まえた上で、①罰則としての明確性(処罰範囲の外延が明確か、安定的な運用に資するかの観点)、②処罰範囲の合理性(処罰されるべき行為が適切に捕捉され、かつ、処罰されるべきでない行為が適切に除外されているかの観点)の観点から構成要件のあり方について議論がなされた。
 改正法176条、177条は刑法としては珍しく構成要件の中に8つもの例示列挙が入っている。一見複雑に見えるがその構造は次のとおりである。

 《例示列挙事由》
 ・8類型の行為・事由
 ・その他これらに類する行為・事由
                により
 《包括要件》
 「同意しない意思」を
   形成し、表明し、全うすることが
   困難な状態にさせ
    又は
   その状態にあることに乗じて
 《行為》
  わいせつ行為(176条)、性交等(177条)
  を行うこと

 包括要件は、性的自由、性的自己決定権が侵害される客観的な状況を、意思の形成・表明・全うの3段階を用いて要件化したものであり、例示列挙事由はその原因となり得る行為や事由を具体的に挙げている。
 包括要件「困難」とあるが、「著しく困難」といった程度は要求されず、被害者の抵抗を要求するものではない。また、例示列挙事由にも、「著しく」等の程度は要求されない。新たな構成要件の解釈として、これは押さえておくべきである。
 改正法の構成要件を巡っては、明確性の原則、類推解釈禁止に反するとの批判があるところであるが、改正前法が抽象的な文言である抗拒不能の要件等を解釈で拡張していたことと比較すれば、対象となりうる行為・状況が具体化されており、一般の人々に対する行為規範として分かりやすくなっていると考える。
(2)同意年齢引上げ
 改正法は、同意年齢を満16歳未満に引上げた。被害者、被害者支援側からは満18歳未満とすべきとの意見もあったが、最低限中学生は守るということで被害者、被害者支援側も同意したものである。もっとも、満13歳以上に対しては、5歳以上年上の者でなければ処罰されないという年齢差要件が設けられた。
 年齢差要件の背景には、中学生同士が対等な関係で性的行為をする場合も処罰されてしまってよいのかという問題意識がある。
 理論的根拠としては、この年代は性的同意能力(①行為の性的な意味を認識する能力、②行為が自己に及ぼす影響を理解する能力、③性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力)のうち②③が不十分であり、相手方との関係が対等でなければ性的行為について自由な意思決定ができないとして、年齢差要件を設けて一定年齢差以上の者による行為を処罰するものとし、凡そ対等な関係が想定しえない年齢差として5歳差を要件とした。
 5歳差未満の場合でも、(1)の構成要件を満たす場合には処罰されることは言うまでもない。
(3)脆弱性や地位・関係性の利用類型
 相手方の脆弱性や相手方との地位・関係性を利用して性的行為をすることは非対等な関係に基づくものであり、自由な自己決定によるものではない。このような類型について、独立した処罰規定を設けることが被害者、被害者支援側からは強く求められていた。
 しかし、残念ながら、独立の構成要件を新設することは見送られ、(1)の例示列挙に規定がされた。この規定により処罰されるべき事案が処罰されるかどうか、今後の運用の注視が必要である。
(4)その他の項目
 その他、①配偶者間でも両罪が成立しうることの明示、②新たに膣・肛門への身体の一部(陰茎を除く)又は物の挿入を性交等とすることが改正された。

3 おわりに

 今回の改正は、「不同意わいせつ罪」の他にも重要な改正を含んでいる。法務省が一般向けにQ&Aを公開し、条文の解釈についても解説をしている(下記URL参照)。是非一度ご参照いただきたい。
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html#Q1-1

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