1 最低賃金法1条には、「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と規定されている。
かかる目的の達成に向け、中央最低賃金審議会は、厚生労働大臣に対し、地域別最低賃金額改定の目安について答申を行っている。そして、同審議会の答申に基づき、全国の地域別最低賃金審議会が地域別最低賃金の改定額を答申し、これを受けて都道府県労働局長が地域別最低賃金の改定額を決定している。
2 愛知県における最低賃金は、令和7年10月18日に、前年度より63円引き上げられ時給1,140円とされた。
もっとも、1,140円で1日8時間、1週40時間、年52週働いたとしても、月収19万7600円、年収約237万円にしかならない。世界情勢の不安定化も相まって今なお続く物価の高騰に賃金の上昇が追いついておらず、実質賃金は減少を続けている。
すなわち、名古屋市消費者物価指数(2026年6月19日公表)は、総合指数(令和2年(2020年)=100)は113.9となり、前年同月比1.3%の上昇となった。他方、愛知県における2025年3月の賃金指数は、現金給与総額(事業所規模5人以上)にかかる名目賃金指数は前年比2.5%の増加となっているものの、実質賃金指数は前年同月比0.5%の減少となっている(「あいちの勤労(2025年3月分)」2026年5月29日公表)。
このような物価上昇に伴う実質賃金の減少状況からすれば、愛知県における最低賃金は、労働者が安定した生活を送るために必要な水準を満たしているとは捉え難い。
また、2026年3月に愛知県が公表した「あいち男女共同参画プラン2030」によれば、2024年の愛知県の賃金(所定内給与額)は、女性が 267.7千円に対し、男性は363.0千円とされ、女性の賃金は男性の73.75%に留まり、全国46位とされている。そして、その理由について、愛知県では、女性の平均勤続年数が全国と比べ短く、平均勤続年数の男女差は全国で最も大きくなっていること、管理的職業従事者に占める女性の割合が全国平均を下回っていることが挙げられている。同プランからしても、愛知県では、「夫ないし父が主として家計を支え、妻ないし母は家庭内無償労働及び家計補助的な就労にとどまる」という性別役割分担意識に根付いた社会構造が他の地域に比べて根強いことがうかがわれるところである。
3 これらを総合すると、例えば、最低賃金近傍の賃金で就労する非正規の女性労働者や若年労働者などが家計を維持する低所得者世帯であるほど、消費支出に占める食料品の比重が高くなる傾向があり、食料品の値上がりにより、これらの世帯は深刻な影響を受けることとなる。
男女間の賃金格差を是正しつつ、最低賃金法第1条が目的として掲げる「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」を達成するためには、最低賃金を大幅に引き上げ、労働者の実質賃金を引き上げる必要がある。
4 最低賃金引上げのためには、中小企業の健全かつ持続的な経営を可能とする基盤の形成が欠かせない。
人手不足や物価上昇を背景に、多くの中小企業・小規模事業者(以下「中小企業等」という)が業績の改善を伴わないまま賃上げを余儀なくされるという不可能を強いられてはならない。最低賃金法1条が規定する「事業の公正な競争の確保」という観点を踏まえ、中小企業等とその取引先企業との間で公正な取引が確保され、中小企業等が適正な対価が得られる取引慣行を醸成することが必要である。
また、社会保険料の事業者負担の軽減・免除をするなどして、中小企業等が賃上げしやすい環境整備に向けた実効的な取組を強化することが欠かせない。
したがって、国においては、中小企業等の支援策の充実にも、果敢に取り組むべきである。
5 よって、当会は、本年の最低賃金の改定にあたり、中央最低賃金審議会に対しては、物価の上昇に対応するべく大幅な最低賃金額の引上げを内容とする答申を行うことを、愛知地方最低賃金審議会に対しては、中央最低賃金審議会の提示する目安に縛られることなく、愛知県の最低賃金の大幅な引上げを実施することを、国に対しては、中小企業等が無理なく賃上げすることのできるよう、実効的な中小企業等支援策を強化することをそれぞれ求める。
2026年(令和8年)6月29日
愛知県弁護士会
会長 長谷川 龍 伸

