本年3月16日、最高裁判所第二小法廷(尾島明裁判長)は、いわゆる「豊川事件」の再審請求の特別抗告審について、田邉雅樹氏(以下「田邉氏」という。)による再審請求を棄却した名古屋高等裁判所刑事第1部の原々決定(山口裕之裁判長)、異議申立を棄却した名古屋高等裁判所刑事第2部の原決定(田邊三保子裁判長)を是認し、特別抗告を棄却する旨決定した(以下「本決定」という。)。
当会は、本決定に対し、再審法の理念に反するものとして抗議する。
豊川事件は、2002年7月、愛知県豊川市で発生した幼児誘拐殺人事件である。翌年4月、田邉氏は、任意同行を求められて取調べを受け自白して逮捕されたが、公判では一貫して無実を訴えた。そして、2006年1月、第一審の名古屋地方裁判所は、田邉氏の自白によれば、①幼児を乗せたとされる車両には幼児の毛髪等の痕跡が遺留する可能性があるにもかかわらず、全く発見されていないこと、②一旦泣き出すと泣き止まないという幼児が見知らぬ被告人に近寄り抱かれても泣かなかったこと、幼児を乗せたとされる車両の至近の車両内に人がいたにもかかわらず、田邉氏がこれに気付かなかったなど、略取した際の態様が不自然であること、③殺害態様(海への投棄態様)の説明が不自然に変遷しており、客観的事実に矛盾が生じないよう、捜査官が誘導した可能性が否定できないこと、④略取現場における他の車両についての供述内容について、捜査官が、当初、事件当日の客観的状況と一致させようとして問いかけ、それに合わせて働きかけて供述させたことが否定できず、後に変遷していること、⑤動機や犯行後行動(戻って長時間滞留した等)も不自然であること、⑥いわゆる「秘密の暴露」もない等の事情から、田邉氏の自白は信用できず、そのほかに田邉氏が犯人であることを直接証明する証拠もないとして、無罪判決を言い渡した。しかし、検察官控訴により、名古屋高等裁判所は田邉氏に対して逆転有罪判決を言い渡し、上告棄却によって懲役17年の刑が確定した。その後、当会の多数の会員が弁護人となり、田邉氏は、2016年7月、再審請求を申し立てた。
本件には直接の目撃証言も物的証拠もなく、確定判決の有罪認定は、任意性と信用性に疑問のある自白と、極めて脆弱な情況証拠に支えられているにすぎないものであった。
再審請求審において、弁護団は、事件当時の潮の流れを前提とすれば自白どおりの地点から幼児を海に投げ捨てた場合、遺体の発見場所に流れ着くとは考えられないとする専門家の意見書、幼児を乗せたとされる車のシートに当然付着するはずの幼児の衣類の繊維等の痕跡がないことを示す専門家の鑑定書等、自白が客観的事実と矛盾することを示す新証拠を多数提出し、異議審、特別抗告審においても、これらの新証拠を補強する意見書等を新たに提出した。それとともに、弁護団は、再審請求以来、再三にわたって証拠開示請求や、専門家の証人尋問等を内容とする事実取調べを請求してきた。
しかし、原々決定は、具体的な根拠を示すことなく、確定判決による犯人性の認定は揺るがない等として、弁護人が提出した数々の新証拠をほとんど検討することなく、また、証拠開示請求や事実取調べ等にも一切応じることなく再審請求を棄却した。そして、原決定及び本決定も、やはり一切の証拠開示請求等にも応じることなく、原々決定の判断を追認したものである。
本決定は、新旧全証拠を総合評価し、「疑わしきは被告人の利益に」の原則が再審手続にも貫徹されることを明確に示した再審法理に明白に反し、無辜の救済を目的とする再審制度の理念を著しく損なうものと言わざるを得ない。
現在、法制審議会の答申に基づく再審法改正法案(以下「改正法案」という。)について、特別国会での審議が予定されているところであるが、改正法案が成立すれば、第一審において無罪判決が言い渡された本件でさえ、新たに設けられる「調査手続」により証拠開示の手続を経ないまま、義務的に再審請求棄却決定を出されることになりかねず、冤罪救済の扉は固く閉ざされたままになってしまう。
田邉氏は、既に懲役17年の刑期を終えて出所しており、そのかけがえのない自由と時間を奪われた。当会としては、田邉氏の名誉回復と真実発見のため、豊川事件における再審開始決定及び無罪判決の獲得を目指すべく、今後も全力で支援するとともに、全面的な証拠開示の制度化及び検察官による再審開始決定への不服申立ての禁止を含む再審法改正を早急に実現するため、全力を尽くす決意である。
2026年(令和8年)3月31日
愛知県弁護士会
会長 川 合 伸 子

