静岡4人強盗殺人・放火事件(いわゆる袴田事件)や福井女子中学生殺人事件などのえん罪事件を通じて、えん罪を晴らすのに多大な労力と膨大な時間を要するという実情があり、その原因が再審法の不備にあることが明らかになった。
日本弁護士連合会や当会を含む各地の弁護士会は、かねてより再審制度の問題点を指摘し、再審法改正を訴えてきたところ、2024年3月には「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足し、本年6月18日には、野党6党共同で、衆議院に「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下「議員立法案」という。)が提出され、現在、継続審議となっている。
一方、再審法改正に消極的な姿勢であった法務省、法務大臣は、今春、法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下「再審部会」という。)に再審法改正について諮問し、現在、再審部会においても審議が進められている。
そうした中、本年12月16日に開催された再審部会第13回会議では、「今後の議論のための検討資料」(以下「検討資料」という。)が示された。これは、法務省事務当局が作成した資料であるが、再審部会での審議状況を忠実に整理・反映したものではなく、審議対象とされた論点の多くが記載されておらず、意見が一致していない論点や、議論が不十分な論点について、特定の方向性が示されたものであった。しかも、かかる検討資料は、再審部会の委員・幹事への事前の提示や意見聴取を経ることもなく、「意見の集約に向けたたたき台(案)」との標題で先に報道機関に配布され、記者に対する説明も行われていたものであり、日本弁護士連合会推薦の委員や幹事による抗議の結果、標題のみが変更されたものである。
このように、検討資料は、議事運営を補佐すべき立場に過ぎない法務省事務当局が、意見集約の方向性を示唆する内容で論点の抽出・整理を行った上で、その内容を再審部会の委員・幹事より先に報道機関に公表することによって、これを既成事実化し、それに沿った方向に再審部会の審議を誘導しようとするものと強く疑われるものである。
また、検討資料の内容を見ても、裁判所が再審請求書やその添付資料等を「調査」し、再審の請求が理由のないものであると認めるときは、証拠開示や事実の取調べをすることなく、直ちに再審請求を棄却することを義務づける案を明記するなど、えん罪被害者の速やかな救済を指向するものとは言い難い。過去のえん罪事件を見ると、再審請求を行った最初の段階で提出した新証拠のみで再審開始・再審無罪に至ることはなく、再審請求を行った後に新たに開示された証拠や新たに実施した鑑定等が無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠となって、再審開始・再審無罪を導くことが多い。
しかしながら、検討資料によれば、審判開始決定がなされない限り、再審請求人が自らの無罪を明らかにする証拠を入手したり、証人尋問や鑑定等を実施したりすることができず、審判開始決定がなされるか否かも、裁判所の「調査」のみで判断されることとなる。このような内容が立法化された場合、再審請求人には自らのえん罪を晴らすための手段が十分に保障されないまま、書面審理のみで再審請求が速やかに棄却される事例が増えることが懸念され、むしろ再審法改悪となりかねず、到底受け入れられるものではない。そして、このような重大な不利益をもたらす論点が、再審部会でほとんど議論がなされていなかったにもかかわらず、検討資料においてあたかも意見の一致があったかのように唐突に提示されたもので、前述した手続的な問題と併せて二重の意味で極めて問題である。
この間、再審部会での審議状況に対する深い憂慮から、刑事法研究者4名の連名による「再審法の改正に関する意見」や刑事法研究者135名による「再審法改正議論のあり方に関する刑事法研究者の声明」、さらには、当会会員を含む元裁判官63名による「再審法改正に関する元裁判官の共同声明」が相次いで公表された。これらの意見・声明では、再審における証拠開示の範囲を限定し、再審開始決定に対する検察官の不服申立て(検察官抗告)の禁止にも踏み込まないなどといった再審部会での審議内容について、えん罪被害者の速やかな救済という再審法改正の目的に反するものであると厳しく批判している。
また、全国紙や通信社をはじめとする全国の報道機関でも、社説や映像で、えん罪被害者の救済が後退しかねない、法改正の原点が忘れられているなどと再審部会の審議内容に疑問を呈する多くの意見が述べられている。このように、再審部会での審議内容は、再審制度に関する専門的知見や再審事件の実情を踏まえないものとなっており、再審法改正を求める国民の意思からも乖離している。
先に述べたとおり、そもそも、再審法改正の目的は、具体的なえん罪事件を通じて、えん罪を晴らすのに多大な労力と膨大な時間を要するという実情があり、その原因が再審法の不備にあることが明らかになったことから、その不備を是正することにある。それにもかかわらず、再審部会での審議状況を見ると、その目的に逆行するような審議が行われているのである。加えて前述のとおり、法務省事務当局による審議運営は、その公正性、中立性への疑問を払拭できず、このような状況に照らせば、再審部会は、もはやえん罪被害者の速やかな救済を図るための再審法改正を審議する場とはなっていないと言わざるを得ない。
よって、当会は、再審部会の審議の進め方に抗議し、えん罪被害者の速やかな救済の実現という再審法改正の原点に立ち返り、再審制度に関する専門的知見や再審事件の実情を踏まえた公正中立な審議を行うよう求めるとともに、国会に対し、現在、衆議院に提出されている議員立法案を速やかに審議、可決するよう強く求めるものである。
2025年(令和7年)12月26日
愛知県弁護士会
会長 川 合 伸 子

