出入国在留管理庁(以下「入管庁」という。)は、2025年5月23日、「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」(以下「ゼロプラン」という。)を発表した。
ゼロプランは、入管庁が退去強制の対象とした外国人を速やかに退去させるための対応策をまとめたものとされており、入管庁は、現に、日本生まれの子どもの送還や、在留特別許可を求める訴訟中の者の送還を実施するなど、強制送還の実施について強硬な姿勢を強めているとされる。
しかしながら、適正手続の保障が十分であるとは言い難い日本の難民認定や在留審査実務の現状においては、本来保護されるべき者であるにも関わらず、退去強制の対象とされている者が少なくない。
入管庁による難民不認定処分後に、裁判で難民と認められた事例が相次いでおり、愛知県においても、人種(民族的集団)、宗教及び政治的意見を理由とした迫害や、政治的意見(それに基づく兵役忌避)を理由とした迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖があるにも関わらず、難民と認定しなかったことにつき、入管庁の処分が違法であるとして取り消されている(名古屋高裁令和6年1月25日判決、名古屋地裁令和6年5月9日判決)。
ゼロプランは、送還停止効の例外となる3回目以降の難民認定申請者などを中心に国費送還を実施するとしているが、名古屋高裁令和6年1月25日判決は、4回の難民不認定処分があった事案について、入管庁の判断が違法とされたものであり、他にも、複数回の難民不認定処分があった事案について、入管庁の判断が違法とされた裁判例は複数存在する。
このような状況において、ゼロプランを推進することは、迫害の危険のある国に送還してはならないという基本的な原則(「ノン・ルフールマンの原則」難民条約33条1項、拷問等禁止条約3条1項等)に反する事態をもたらすおそれが極めて高く、直ちに見直されなければならない。
加えて、ゼロプランは、難民認定申請について、「難民条約上の迫害に明らかに該当しない事情を主張している案件(B案件)」を類型化し、これを早期かつ迅速に処理するとしている。しかし、難民認定申請から1か月で難民不認定となり、審査請求でも「何らの難民となる事由を包含していない」とされて、口頭意見陳述が実施されなかった事案について、裁判で、同性愛者であることによる迫害を受けるおそれがあると認められ、難民不認定処分が違法として取り消された事例(大阪地裁令和5年3月15日判決)も存在する。手続保障の希薄化は、迫害の危険のある国に送還するおそれを一層高めるものであり、ゼロプランはこの点においても大きな危険をはらんでいる。
そして、難民認定申請者以外にも、退去強制の対象とされたものの日本から出国することが難しい者には、日本で生まれ、または子どもの頃に来日し、日本以外に実質的な帰属先がない者、日本人や正規滞在の外国人の家族がいる者など、様々な事情を抱えた者がおり、日本で暮らしてきた環境との結びつきなどから、日本が「自国」にあたる場合もある(自由権規約12条4項についての自由権規約委員会の一般的意見27参照)。
今、求められているのは、送還の推進ではなく、適正な難民認定や、子どもの最善の利益、家族の保護(家族生活の自由)、日本社会の構成員としての保護など、子どもの権利条約や自由権規約などの国際人権条約を遵守した在留審査を行い、非正規滞在を解消することである。
最後に、ゼロプランは、「国民の安全・安心が脅かされている社会情勢」に鑑みて「不法滞在者ゼロを目指し」としているが、入管庁の違法・不当な判断により非正規滞在となることを余儀なくされている者が少なくない中で、あたかも非正規滞在者が国民の安全・安心を脅かす存在であるかのように示すことは、偏見および差別を助長させ、地域において平穏に暮らす非正規滞在者らを危険にさらすおそれがあり看過できない。
特に、近時、トルコ国籍クルド人に対する偏見、差別、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムが過熱している。トルコ国籍クルド人に対する難民不認定処分が違法とされた裁判例(札幌高裁令和4年5月20日判決等)やトルコにおける背景等、必要な情報が十分に共有されないまま、入管庁が上記のように示すことは、非正規滞在者だけでなく正規滞在者もヘイトスピーチに苦しんでいる現状をさらに深刻化させる懸念がある。
以上の理由により、当会は、法務大臣および入管庁に対して、ゼロプランを直ちに見直すこと、および適正な難民認定および在留審査を行うことによって非正規滞在の解消を図ることを求める。
2025年(令和7年)11月12日
愛知県弁護士会
会長 川 合 伸 子

