本日、名古屋高等裁判所金沢支部(増田啓祐裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏に対し、再審無罪判決(検察官控訴に対する棄却判決)を言い渡した。

 本件は、1986年(昭和61年)3月19日、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。前川氏は、客観的な証拠が無い中で、関係者らの供述に基づき事件発生の1年後に逮捕され、起訴された。前川氏は、現在に至るまで一貫して無罪を主張している。

 1990年(平成2年)9月26日、確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、無罪判決を言い渡した。ところが、確定審控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)は、控訴審でも変遷した関係者らの供述が「大筋で一致」するとしてその信用性を認め、1995年(平成7年)2月9日、逆転有罪判決を言い渡し、この有罪判決が最高裁判所で確定した。

 2004年(平成16年)7月、前川氏は、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)において関係者らの供述調書の一部などが開示された結果、関係者らの供述の著しい変遷がより一層明らかになり、2011年(平成23年)11月30日、関係者らの供述の信用性が否定されて再審開始決定がなされた。ところが、再審異議審(名古屋高等裁判所)は、2013年(平成25年)3月6日、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして再審開始決定を取り消し、この判断は特別抗告審でも維持された。

 2022年(令和4年)10月14日、前川氏は第2次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)では、裁判所の積極的な訴訟指揮もあり、検察官より新たな証拠287点が開示され、主要関係者の証人尋問も実施された。その結果、2024年(令和6年)10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部は、検察官から開示された証拠や尋問結果等の新証拠について明白性を認め、新旧証拠の総合評価を行った上、関係者の一人が自己の利益を図るために前川氏を犯人とする虚偽供述を行い、捜査機関が他の関係者に誘導等の不当な働きかけを行って関係者らの供述が形成されていったという具体的かつ合理的な疑いがあるとして、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始決定がなされた。その後、検察官は異議申立てを断念し、この再審開始決定が確定した。

 本年3月6日、名古屋高等裁判所金沢支部で第1回再審公判が開かれ、証拠の取調べがなされた。しかし、検察官からは、第2次再審請求審までに提出された証拠以外の新たな証拠の請求はなく、弁護人と検察官の弁論が行われて即日結審した。なお、検察官からは改めて有罪の弁論がなされた。

 本日の判決は、関係者供述の信用性を否定し、前川氏に対する第一審の無罪判決を維持し、検察官の控訴を棄却した。本判決は、前川氏の無罪を改めて明らかとするものであり、当会もこれを高く評価する。

 他方、確定審以来、証拠開示について消極的な姿勢に終始し、事案の解明及びえん罪被害の救済を阻んできた検察官は、再審開始決定に対する異議申立てを断念したにもかかわらず、また、再審請求審で提出した以上の新たな証拠調べを請求していないにもかかわらず、再審公判において有罪の弁論を維持した。このような検察官の一連の対応は、事案の解明やえん罪被害の救済に対して消極的なものであり、公益の代表者としての役割を果たしていないとの非難を免れない。真摯な反省を求めるとともに、本判決に対する上訴権を速やかに放棄し、無罪判決を確定させるよう強く要請する。

 また、本件は、現在の再審法の不備を顕著に表しており、再審法改正の必要性を示している。

 第1に、証拠開示制度がなく、証拠開示が遅れたという点である。第2次再審請求審では、判決確定から約26年後に開示された捜査報告書や関係者の供述調書等が再審開始決定の決め手となった。確定審以来、これらの証拠の内容を検討する機会を奪ってきた検察官に対し、裁判所から「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為」と批判されているが、これは、証拠開示制度が必要であることを物語っている。

 第2に、再審開始決定に対する検察官の異議申立てによって再審開始決定が取り消された点である。前川氏が最初の再審開始決定を受けてから再審公判を受けるまでに13年以上もの年月を要したという事実については、再審開始決定に対して検察官が不服申立てできることの弊害が表れている。

 第3に、再審請求審の期日がなかなか開かれなかったことである。第1次再審請求審では、再審請求書提出から再審開始決定まで、約7年2か月もの期間を要した。再審請求の手続を円滑に進める為には、期日を速やかに指定することが不可欠である。

 当会は、「福井女子中学生殺人事件」の再審無罪判決を受けて、政府及び国会に対し、改めて、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止及び再審請求審における手続規定の整備を含む再審法の速やかな改正を強く求める。

2025年(令和7年)7月18日

愛知県弁護士会

会長 川 合 伸 子