当会は、すでに令和4年5月17日付で「SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書」を公表し、国に対し、SNS(特に本人確認を十分に実施していないSNS)が詐欺行為等の誘引手段として使用されている実態の調査、本人確認記録の保管状況及び弁護士法23条の2に基づく照会がなされた場合のSNS事業者における対応状況等の調査、並びにこれらを踏まえた民事裁判・交渉における相手方特定のための実効性のある措置の検討等を求めているところである。
平成29年のSNSに関連する消費生活相談件数は1万5709件であったのに対し、令和5年は8万0404件であり、7年間で5倍以上の件数となっている。我が国では多くの国民が、SNSを利用した詐欺被害に遭う危険に晒されており、ことに、SNSを悪用する匿名・流動型犯罪グループ(いわゆる「トクリュウ」)の関わる犯罪が多発している。
警察庁の統計によれば、「SNS型投資・SNS型ロマンス詐欺」の被害額は令和6年で、1271.9億円にのぼるとされている(警察庁「令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)」)。
SNSに関連する消費生活相談件数や、SNS型投資・ロマンス詐欺の認知件数が増加の一途を辿り、減少の気配が見えない現状に鑑みれば、安心安全なSNSの利用環境を整えることが急務であり、加害者に対しては、刑事・民事両面の手続をとることで、当該犯罪の抑止を図る必要がある。
この点、刑事責任の追及に関して、犯罪対策閣僚会議は令和6年6月18日、「国民を詐欺から守るための総合対策」を公表し、特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺等に政府が総力を挙げて取り組むとした上で、「犯罪者を逃さない」ための対策として、「SNS事業者における照会対応の強化」(捜査機関からの照会への対応)を掲げた。これを受けて、SNS事業者の内、加害時の連絡ツールとして利用されることの多いLINEヤフーは、捜査機関等への情報開示に関して、SNS型投資・ロマンス詐欺等、捜査上の必要性・相当性が認められる場合には、個別の通信に紐づかないアカウントの一定の登録情報について、刑事訴訟法に基づく照会で開示可能であると対応した。
当然、民事責任の追及においても加害者の特定が必要となるため、被害者側から、加害者のSNSアカウントの契約者情報(電話番号等)に迅速にアクセスすることが極めて重要となる。しかしながら、前述の「国民を詐欺から守るための総合対策」、さらには、令和7年4月22日に公表された「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」においても、民事責任追及のための対策に関しては何ら言及されていないため、SNS事業者から加害者アカウントの契約者情報が開示されるということはない。その結果、加害者を特定することができずに、損害賠償請求を行うこと自体を断念せざるをえないという場合が相当数見受けられる。実際に、令和5年11月から令和6年10月までの1年間における当会のSNS事業者(情報流通プラットフォーム対処法の大規模特定電気通信役務提供者に限る。)に対する弁護士会照会については、弁護士会照会(契約者の特定に係る照会に限る。)の総数30件に対し、契約者情報(電話番号等)を開示しないという回答が28件であった(残り2件については回答なし。)。
このように、加害者アカウントの契約者情報が開示されない結果、被害者は、加害者に対し、民事責任を追及することが事実上不可能になっているというのが実態である。しかし、SNSを利用して詐欺行為等が行われた場合には、民事においても加害者を特定できる運用を早期に確立して、被害の予防・回復を図らなければならない。
当会は、国に対して、捜査機関からの照会への対応を強化するのみならず、被害予防及び被害回復の観点から、SNS事業者に対して弁護士会照会への対応をも強化するよう要請することの検討を求める。さらに、SNS事業者における本人確認義務の導入及び適切な本人確認記録の保管義務の導入、並びに、SNS利用者を特定するための情報の照会に事業者が適切な対応をすることを促すなど、民事裁判及び交渉において相手方を特定するための実効性ある措置を検討するように求める。
以 上
令和7年7月9日
愛知県弁護士会
会長 川 合 伸 子