【2025年(令和7年)3月25日臨時総会決議】
刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
決議の趣旨
当会は、国、裁判所及び裁判官に対し、以下の措置を早急に講じることを求める。
1 入退廷時における手錠・腰縄の使用禁止
裁判官は、被疑者・被告人(以下、「被告人等」とする。)の基本的人権を尊重し、法廷警察権を適切に行使して、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することをやめること。
2 入退廷時における手錠・腰縄の使用禁止を導くための法律改正
国は、刑事訴訟法第287条第1項本文が規定する刑事法廷内における身体不 拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に第287 条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶ ことを明記すること。
3 手錠・腰縄を使用しないための物的・人的体制を整えること
国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整 備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)や暴行及び逃亡防止のための物的・人的整備を講じること。
以上のとおり、決議する。
2025年(令和7年)3月25日
愛知県弁護士会
提案の理由
第1 はじめに
勾留された被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)は、審理中は手錠・腰縄を外された状態である。
しかし、入退廷時には、被告人等は、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内に入廷させられ、審理終了後は手錠・腰縄をされたうえでの退廷を余儀なくされている。
手錠・腰縄をされたままの被告人等を見た者は、裁判官による判断がされる前であるにもかかわらず、被告人等が犯罪を犯した者であると考えてしまうのではないか。
我々自身も、このような被告人等の様子を司法修習時に目の当たりにし、大きな衝撃を受けているはずである。にもかかわらず、日々の業務として接するうちに、いつしか疑問を持たなくなったり、異議申立をすることなく任務を遂行するのが大勢となっていたのではないか。
しかしながら、私たち弁護士・当会は、2024年(令和6年)10月3日に愛知県で開催された第66回人権擁護大会シンポジウム第二分科会「これでいいの?法廷内の手錠・腰縄~憲法・国際人権法から考える~」で、これまで刑事法廷内における手錠・腰縄問題に対して十分に自覚的ではなかったことを深く反省することとなった。
2024年(令和6年)10月4日には、「刑事法廷における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」が全会一致で可決された。
これを受け、当会においても本総会決議案を上程するに至ったものである。
第2 入退廷時に手錠・腰縄を使用することの問題点
1 被告人等の自尊心を傷つけ羞恥心を抱かせるものであること
刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄を使用することは、被告人等の自尊心を傷つけ、羞恥心を抱かせるものである。
また、それだけでなく、傍聴人等の周囲の者に「この被告人は有罪である」との印象を与えるものであり、被告人等の人格権や無罪推定の権利を侵害する著しい人権侵害行為である。
なお、裁判員裁判においては、裁判員が被告人が有罪であるとの心証を抱かないように、被告人の手錠・腰縄姿を目にしないための配慮がなされており、入廷時の手順では、裁判体の誰もが被告人の手錠・腰縄姿を見ないよう配慮されている(2009年(平成21年)7月24日付け通知(法務省矯成3666号)が出されている。)。
2 裁判官が手錠・腰縄の使用を原則としていること
この点、裁判官の大勢は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用することを原則とし、特段の事情がある場合に例外的に何らかの措置をとるという扱いをしている。
しかし、このような裁判官の運用は、以下の第3において述べるとおり、憲法等に反するものであり、原則と例外が逆転してしまっている。
3 刑事訴訟法第287条第1項の解釈について
また、裁判例をみると、裁判所は、刑事訴訟法第287条第1項は、「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。」と規定しているが、ここにいう「公判廷」とは、開廷後から閉廷までをいい、入退廷時には同条項は適用外とされるべきと考えている。
しかし、以下の第4において述べるとおり、刑事訴訟法第287条第1項にいう「公判廷」とは、その趣旨を踏まえれば、必ずしも「開廷後から閉廷まで」に限定されるものでもない。
第3 入退廷時に手錠・腰縄を使用することは憲法等に違反すること
以下に述べるとおり、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することは、憲法等に違反するものである。
1 個人の尊厳及び人格権侵害(憲法13条等違反)
被告人等も品位を傷つけられる取扱いがされるべきではなく、人としての個人の尊厳が保障されるべきことは言うまでもない。
この点、憲法第13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自 由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定し、自由権規約は「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」(第7条)、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。」(第10条第1項)と規定している。さらに、拷問等禁止条約第16条第1項は、「品位を傷つける取扱い」を禁止している。
しかし、手錠・腰縄を使用することはそれ自体で、被告人等の自尊心を傷つけるのみならず、被告人等に対して屈辱感、羞恥心及び無力感等を与え、肉体的にも精神的にも服従を強いることとなる。また、被告人等の手錠・腰縄姿は、それを見た傍聴人に対し、被告人等が罪人であることを周囲の者に想起させることにもなる。
なお、大阪地方裁判所2019年(令和元年)5月27日判決は、「手錠等を施された姿を傍聴人に見られたくないとの被告人の利益ないし期待は、憲法13条の趣旨に照らして法的保護に値する利益」と判示し、手錠・腰縄姿を傍聴人に見られたくないという被告人等の利益ないし期待に法的保護を認めている。
したがって、手錠・腰縄の使用は、被告人等の人格権を侵害する上、傍聴人などその姿を見る者に罪人であると思わせるような外観を作出することから、「品位を傷つける取扱い」であり、個人の尊厳及び人格権を侵害する。
被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、憲法第13条、自由権規約第7条及び第10条第1項、拷問禁止条約第16条第1項に反している。
2 無罪推定の権利侵害(憲法31条等違反)
有罪判決を受けるまでは、無罪として取り扱われる権利(無罪推定の権利)については、憲法第31条により保障されている。また、自由権規約第10条第2項(a)が「被告人は、例外的な事情がある場合を除くほか有罪の判決を受けた者とは分離されるものとし、有罪の判決を受けていない者としての地位に相応する別個の取扱いを受ける。」と規定するとともに、同第14条第2項が「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と明記している。
被告人等を手錠・腰縄姿のまま出廷させることは、公平・公正であるべき法廷において、被告人等をあたかも罪人であるかのように取り扱っているような外観を生じさせるため、無罪推定の権利を侵害する。
したがって、被告人等に対する手錠・腰縄使用は、無罪推定の権利を定める憲法第31条、自由権規約第10条第2項(a)及び第14条第2項に違反している。
3 防御権及び対等な立場において公平・公正な裁判を受ける権利侵害(憲法31条・同37条等違反)
被告人等は、憲法第31条以下の規定からして、刑事裁判の一方当事者として防御権が保障され、検察官と対等な立場で裁判に臨む権利を有している。また、憲法第37条第1項は、「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定している。そして、自由権規約第14条第1項も「すべての者は、裁判所の前に平等とする。」と規定している。すなわち、被告人等は、公平・公正な裁判を受ける権利も保障されている。
(1) 防御権を侵害すること
被告人等と検察官は、対等当事者であるにもかかわらず、被告人等のみが手錠・腰縄で身体を拘束された状態で入退廷を強いられる。この点において、もはや対等とは言えず、被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、公判に臨もうとする被告人等に対する心理的な抑圧を与える点において、被告人等の防御権を侵害する。
(2) 公平・公正な裁判を受ける権利を侵害すること
審理を主宰して判断をする裁判官の眼前で手錠・ 腰縄を使用されることもまた、被告人等に劣等感や羞恥心を抱かせ、対等当事者としての地位を脅かすものである。被告人等からすれば、判断をする裁判官が手錠・腰縄の解錠や施錠を指示する主体である。
また、被告人等は、これからの裁判で公正な判断を期待しているにもかかわらず、あたかも有罪であるかのような手錠・腰縄姿を裁判官に見られて予断や偏見を持たれるのではないかという意識を抱く被告人が少なからずいるということは容易に想起しうる。裁判に当たって、このような不安感を被告人に与えるのは、公平・公正ではない。
裁判官には、被告人等が入退廷をする際にその者に対し手錠・腰縄を使用しないようにして、公平・公正な裁判を受ける被告人等の権利を保障する義務があるというべきである。
(3) 小括
以上からして、刑事法廷内で被告人等に対して手錠・腰縄を使用することは、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利及び公平・公正な裁判を受ける権利を侵害するものであり、憲法第31条、第37条及び自由権規約第14条第1項に違反している。
第4 刑事訴訟法第287条第1項と改正の必要性について
1 刑事訴訟法第287条第1項のあるべき解釈
刑事訴訟法第287条第1項にいう「公判廷」とは、その趣旨を踏まえれば、必ずしも「開廷後から閉廷まで」に限定されるものでもない。
刑事訴訟法第287条第1項は、被告人の身体が拘束されると、被告人の心理面に影響を及ぼし自由な防御活動の制約となりうることがあり得ること、手続の公正を期することができないことから、公判廷における被告人の身体不拘束原則が規定された(「大コンメンタール刑事訴訟法第三版」第6巻37頁[2022年]、「条解刑事訴訟法第5版増補版」629頁[2024年]等参照)。このことからすれば、開廷前・閉廷後であっても、物理的には法廷内であり、裁判官等の訴訟関係人及び傍聴人が所在し、審理に時間的・空間的に密着している以上、刑訴法第287条第1項の趣旨は及ぼされるべきであり、審理中(開廷後から閉廷まで)ではないからといって、同項が規定する身体不拘束原則が適用されないと解するのは不合理である。
2 解釈では問題を乗り越えるのは困難であり改正が必要であること
もっとも、裁判官が、広範な裁量権を理由に、入退廷時の被告人等に対して手錠・腰縄を使用するという運用を続けている現状を踏まえると、立法でもって新たに明文を設けるしか方法がないように思われる。
具体的には、第287条の2を新設し、「被告人の入退廷時においても前条の例による。」と規定すれば、第287条第1項及び第2項が入退廷時にも適用されることになる。
この改正により、入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用が明確に禁止される。
第5 結論
以上に述べたとおり、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用は、憲法及び国際人権法に違反する重大な人権侵害である。したがって、手錠・腰縄問題は一刻も早く改善されなければならないことが広く周知され、手錠・腰縄問題解消のための具体的な措置が速やかに講じられなければならない。
その具体的措置として、当会は、決議の趣旨1から3をとるよう、国、裁判所及び裁判官に対し求める。
以 上