政府は、本年3月7日、日本学術会議法案(以下「本法案」という。)を国会に提出した。本法案は現行の日本学術会議(以下「学術会議」という。)を廃止し、国から独立した法人格を有する特殊法人「日本学術会議」(以下「新法人」という。)を新設する法案である。すでに、本法案は附帯決議がなされたうえで、5月13日に衆議院を通過している。

1 学術会議の自主性・独立性

 学術会議は、第二次世界大戦における科学者による戦争協力への反省と二度と同様の惨禍をもたらさないという強い決意のもとに、思想良心の自由、学問の自由及び言論の自由を保障するために、憲法施行後間もない、1949年に創立された団体である。1950年には「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない」旨の声明を発するなどして、自主的に、政治権力から独立して活動してきた。

 しかしながら、本法案では、現行法の前文にある「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」いう文言、及び同現行法3条にある「職務を独立して行う」という文言が踏襲されていない点において、根本的な問題がある。

2 本法案の問題点

 本法案は、具体的な新法人の運営、会員の選任及び財政基盤において、現行の学術会議に比して、その自主性・独立性を阻害する内容となっている。

 第1に、団体の運営に関して、本法案は新法人の諸活動に会員以外の者の関与が広く認められており、その自主性・独立性が損なわれる点に大きな問題がある。すなわち、本法案では、会長が会員以外の者から任命する運営助言委員会が、中期的活動計画及び年度計画、新法人の業績に関する自己点検評価書の作成並びに予算の作成等に意見を述べることができるとされている(27条1項、36条3項)。また、内閣府に設置され内閣総理大臣によって任命された委員からなる日本学術会議評価委員会は、自己点検評価書及び中期的な活動計画について意見を述べることができる(42条3項、51条2項)。さらに、会員以外の者から内閣総理大臣が任命する監事が業務を監査して監査報告を作成し、業務・財産状況の調査等を行なうとされるなど、その運営に政府の広範な関与が及ぶこととされている(19条、23条2項)。

 第2に、会員の選任方法についても、本法案では経済団体等を含む広範な学術会議以外の外部の者の関与が想定されており、会員選考における自主性・独立性が損なわれている。現行の学術会議は、諸外国のナショナルアカデミーで標準的とされている現会員が会員候補者を推薦する「コ・オプテーション方式」により会員の選考を行っている。しかしながら、本法案では、会員以外の者から会長が任命する選定助言委員会が、会員候補者選定委員会(25条)の作成する選定方針の案や、会員候補者の選定自体についても意見を述べることとされている(26条1項1号及び2号、31条4項)。それのみならず、会員候補者選定委員会は、会員以外にも、大学、研究機関、学会、経済団体等の様々な関係者から推薦を求めて、幅広い候補者を得るために必要な措置を講じなければならないとされる(30条2項)。このように、会員の選考方法が相当に拘束されてしまっている。

 第3に、財政基盤に関しても、現行法1条3項の「日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする」という規定が踏襲されず、財源措置は、政府が必要と認める金額を補助することができるとされてしまっている(48条1項)。学術会議には、ナショナルアカデミーとして独立して活動するため、自主的な財源が十分に確保されなければならない。しかしながら、新法人には、政府が「必要と認める金額」が補助されるにすぎないので、財政的な基盤が極めて脆弱になってしまう。

3 最後に

 当会では、すでに2020年、内閣総理大臣が、学術会議が新会員として推薦したうちの6名の研究者の任命を拒否した際に、「日本学術会議の新会員任命拒否に対する会長声明」を発出した。この会長声明では、「内閣総理大臣による任命拒否は、日本学術会議法の趣旨、解釈を歪めたものであり、国家権力による学問の自由への脅威となるものであるから、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として、当会は、これを看過することはできない」として、内閣総理大臣に対し、厳重に抗議している。

 しかしながら、本法案は、この会長声明で指摘した問題点を何ら解決しないばかりか、さらに学術会議の自主性・独立性を大きく損なう危険性を有する法案である。

 よって、当会は本法案の成立に強く反対する。

2025年5月19日   

         愛知県弁護士会会長

            川 合 伸 子