犯罪被害に遭った人やその家族(以下「犯罪被害者等」といいます。)は、犯罪被害により、ある日突然、それまで当たり前だった生活を一変させられます。

 

 国が2004年(平成16年)に制定した犯罪被害者等基本法(以下「基本法」といいます。)では、犯罪被害者等が個人の尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有し(第3条第1項)、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるような施策が講ぜられること(同条第3項)等を基本理念として定めるとともに、国とともに、地方公共団体も、この基本理念にのっとり、国との適切な役割分担を踏まえて、地域の実情に応じた施策を策定・実施する責務がある、と定めています(第5条)。

 

 愛知県では、犯罪被害者等の支援に特化した条例(以下「特化条例」といいます。)として、愛知県犯罪被害者等支援条例が2022年(令和4年)4月1日から施行され、総合的な支援体制の整備が図られています。しかし、県内の市町村では、2025年(令和7年)2月28日現在で、54市町村のうち11市町でしか特化条例は制定されていません。

 

 犯罪被害者等は、犯罪被害が原因で就労、就学に支障を生じたり、医療、福祉、介護が必要となったり、転居をやむなくされるなど、様々な生活上の困難を抱えることがあります。支援制度がない場合には、被害者は自分自身で解決策を探し、自分自身で費用を負担しなければならず、情報、利用可能な資源、資力の不足等から必要な支援を受けられないまま置き去りにされる可能性があります。市町村は、その本来的な役割から、雇用支援、就学支援、家事・育児・介護等の衣食住に関わる直接支援、保健医療の分野での支援、居住支援等を提供できる基盤を有していることから、既存の住民サービスと犯罪被害者等の支援施策を組み合わせることで、よりきめ細やかな支援を行うことが可能です。犯罪被害者等の支援のために市町村が果たせる役割は大きく、市町村が特化条例を制定して犯罪被害者等の支援を推進することは、基本法の理念である、犯罪被害者等が被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることを実現するために必要不可欠です。

 

 市町村が制定する特化条例には、①市町村が犯罪被害者等の支援に積極的に取り組む姿勢を明らかにするとともに、②犯罪被害者等の支援のための施策の策定、③犯罪被害者等の支援のための体制整備、④犯罪被害者等の置かれた実状や二次被害、支援の必要性についての住民の理解向上等についての基本的な事項を定めて、⑤市町村が行う犯罪被害者等の支援の推進に法的根拠を与えて施策の継続性を保障し、また、⑥犯罪被害者等が利用できる施策・事業を一元的に把握して住民に示すという重要な意義があります。

 ③の体制整備としては、基本法の基本理念である、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、犯罪被害者等の様々な困難に、市町村の庁内関係部署が連携してワンストップで対応することが必要です。そのためには、市町村において犯罪被害者等の視点に立った横断的な取組を進める必要があります。

 

 愛知県内の刑法犯認知件数は、2023年(令和5年)の4万6832件から、2024年(令和6年)は5万1025件と、前年比4193件増となり、4年連続で増加しました。住民が安心して暮らせるよう、各市町村に特化条例を制定する必要性がますます高まっています。また、犯罪はいつ、どこで発生するかわかりません。住民が仕事先、旅行先等の居住市町村外で犯罪の被害に遭う場合もありますので、個々の市町村では犯罪発生が少ないから、ということは特化条例の制定の必要性を下げるものではありません。

 全国的に都道府県内全市町村で特化条例が制定されているところも増えており、東海3県でも、岐阜県では全市町村、三重県では全29市町中26市町(2024年(令和6年)4月1日現在)で特化条例が制定されています。

 

 愛知県では、国の「地方における途切れない支援の提供体制の強化に関する有識者検討会」が昨年4月に公表した取りまとめを受けて、本年4月から多機関ワンストップサービス体制の構築を予定しています。この多機関ワンストップサービス体制は、2023年(令和5年)3月に策定された、愛知県犯罪被害者等の支援に関する指針において、犯罪被害者等が、県、国、市町村及び民間支援団体等、どの機関に相談・届出を行っても、支援の網から取り零されることなく、ワンストップで手続が進められ、支援が受けられる体制とされているとおり、市町村もその体制に位置づけられ、総合的かつ計画的な犯罪被害者等支援施策を推進することが求められています。そのためには、愛知県下の全市町村において特化条例の制定が不可欠です。

 当会も所属する中部弁護士会連合会が2023年(令和5年)10月20日の定期大会において発出した「国及び地方公共団体による、犯罪被害者の十分な損害回復及び経済的補償の実現を目指す宣言」の中でも、特に市町村に対し特化条例を制定するよう求めておりましたが、その後の約1年5か月の間に特化条例を制定した愛知県内の市町村は7市町にとどまり、前記のとおり、2025年(令和7年)2月28日現在、愛知県内では43市町村で特化条例が制定されていません。

 

 よって当会は、犯罪被害者等が一層充実した支援を受けられるよう、関係機関と連携しながら特化条例制定に向けた活動に積極的に取り組む決意を表明するとともに、愛知県内の全市町村に対し、早急に特化条例を制定することを求めます。

                        2025年(令和7年)3月21日

                           愛知県弁護士会

                             会長  伊 藤 倫 文