1 1948(昭和23)年に制定された旧優生保護法は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とし、優生手術(不妊手術)及び人工妊娠中絶(以下、両手術を併せて「優生手術等」という。)について規定をし、遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害がある人等に対し、本人の同意がなくとも、審査によって強制的に優生手術等を実施することができると規定していた。

 このため、旧優生保護法が1996(平成8)年に母体保護法へと改正されるまでの48年の間に、同法のもとで、障害があることを理由として不妊手術約2万5000件、人工妊娠中絶約5万9000件、合計約8万4000件の手術が強制され、多くの被害者が子を産み育てるか否かを決定する自由が奪われ、人としての尊厳を傷つけられた。

 2019(平成31)年4月24日、旧優生保護法に基づき優生手術を受けた者等の申請により、一時金として320万円が支給されることを内容とした「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)が成立し、即日公布・施行されている。しかし、旧優生保護法の違憲性が明記されなかったこと、支給の対象に人工妊娠中絶を受けた者が含まれていないこと、行政が把握している被害者への個別の通知が明記されなかったことなど、内容に不十分な点が多く、また一時金の額はその被害の重大性に鑑み明らかに不十分である。

2 このような中、2024(令和6)年3月12日、名古屋地方裁判所民事第7部(齊藤毅裁判長)は、原告2名が国に対して損害賠償を求めた訴訟について、優生保護法に基づき優生手術を受けさせられた原告に対して1430万円、手術を受けさせられた者の夫に対して220万円の支払いを命じた。

 本判決は、旧優生保護法は制定当時から憲法13条及び14条1項に違反していたなどとして国に損害賠償責任を認めた上で、改正前の民法724条後段の規定については、「遺伝性の疾患等がある者は劣った者であり、そのような者が増加するべきではない」という認識が社会に定着することを促進し、原告らが損害賠償請求することが極めて困難となる原因を作った国が損害賠償義務を免れることは著しく正義・公平の理念に反するとして除斥期間の効果は生じないと判断した。国による甚大な人権侵害行為であることを直視し、原告らのみならず、現在も声を上げることができていない被害者らの請求も認めうる判断であり、高く評価できる。

3 優生保護法に基づき優生手術を受けさせられた被害者が全国各地で提起した国家賠償請求訴訟では、これまで、除斥期間の経過を理由に各地方裁判所で被害者の請求が棄却されたが、2022(令和4)年2月22日、大阪高等裁判所において、除斥期間の適用を制限し、優生手術を受けさせられた被害者の国家賠償請求を認容する判決が言い渡されたことを皮切りに賠償請求を認容する判決が出されるようになり、今回の名古屋地裁判決で累計10件となる。  

 これらの判決の集積によって、旧優生保護法による被害者について除斥期間の適用を制限すべきであるとの司法の判断はほぼ固まり、また、被害者の国家賠償請求を認容するこれらの判決が一時金支給法で定められた支給額を大幅に上回る賠償額を認定していることから、同法による補償が極めて不十分であるという司法の判断もほぼ固まったというべきである。

 かかる司法の判断を国は重く受け止めなければならない。一時金支給法は、被害者の高齢化が進むなかで被害の早期回復を実現した点で意義があったが、上述のように被害回復を充実させるという観点から不十分である。また、旧優生保護法国家賠償請求訴訟の原告となっているのは被害者全体のうちのごく一部である。

  全ての被害者に対して、全面的な被害回復を実現するためには、国は、一時金の請求期限を延長するといった小手先の対応ではなく、一時金支給法の抜本的見直し、あるいは新たに被害者を救済する法律の制定を行うべきである。

4 また愛知県弁護士会は、2018(平成30)年から2022(令和4)年にかけて計7回の旧優生保護法の被害に関する電話相談を実施してきた。

 旧優生保護法が優生思想を広め、優生手術等を積極的に推進し多数の被害を生んできた事実は、社会に優生思想を根付かせる根源となり、今なお厳然として存在する障害者差別につながっている。私たちはこの事実を重く受け止めなければならない。当会は、今後も引き続き優生手術の被害回復や優生思想の根絶、障害者差別の解消のために努力を重ねていくことを表明する。

2024(令和6)年3月19日

愛知県弁護士会        

会 長   小 川    淳