2023年11月30日、名古屋高等裁判所は、愛知県内の生活保護利用者13名が、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護基準引下げ(以下「本件引下げ」という。)に係る保護費減額処分の取消等を求めた訴訟において、原告の請求を棄却した第1審判決を取り消し、同処分を違法であるとして取り消すとともに、国家賠償(慰謝料)請求も認容する判決を言い渡した。

 本判決は、2013年8月から国によって引き下げられた生活保護基準に関して、全国29の地方裁判所において提起された30の裁判のうちの一つである。

 すでに22の地方裁判所で判決が言い渡されているが、原告の請求を認めた判決は本判決で13例目である。しかも、本判決は、高等裁判所の判決で初めて原告の請求を認めたものであり、判決の持つ意義も大きい。

 当該裁判における最大の争点は、憲法第25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」の基準設定において、厚生労働大臣に広範な裁量権があるのか否かである。

  本判決は、厚生労働大臣の裁量判断の適否は、老齢加算廃止に関する最高裁判決と同様、統計等の客観的数値との合理的関連性、専門的知見との整合性の有無等の観点から審査されるべきと判断し、厚生労働大臣の裁量権を限定したと評価できる。

 その上で、本判決は、本件引下げの名目とされた①「デフレ調整」、②「ゆがみ調整」のうち、①「デフレ調整」について、厚生労働大臣が「生活扶助CPI」という独自の物価指数により生活保護利用世帯の生活実態と大きく乖離した下落率を導き出したことなどを理由として違法とした。

 また、②生活保護基準の専門的評価及び検証を行う生活保護基準部会が検証した「ゆがみ調整」の調整幅を密かに根拠なく2分の1にしたことを違法とした。

 さらに、③厚生労働大臣には少なくとも重大な過失があると断じ、「健康で文化的な最低限度の生活」を下回る生活を強いられた原告の精神的苦痛に対する慰謝料(国家賠償)1人当たり1万円をも認めた。

 当会は、2017年12月19日、すでに本件引下げが実施されるに先立ち、「生活保護基準の引下げを行わないよう強く求める会長声明」を発出している。本判決は、当会の見解にも沿うものであり、「デフレ調整」、「ゆがみ調整」を専門家による審議検討を経ることなく恣意的に行った厚生労働大臣やこれを擁護する国の姿勢を厳しく批判する一方、「健康で文化的な最低限度の生活」とは何かを深く考察し、「元々余裕のある生活ではなかったところを、生活扶助費の減額分だけ更に余裕のない生活を、~ 中略~ 少なくとも9年以上という長期間にわたり強いられてきた」として、原告が置かれた状況を踏まえて、国家賠償責任を認め、人権保障の「とりで」としての司法の職責を果たしたもので、高く評価できる。

 そもそも、憲法第25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」の基準は、日本におけるナショナルミニマム(国が法律や施策などによって国民に対して保障するべき最低限の生活水準)であり、国民生活の実態に依拠し、国民からの信頼に支えられた基準設定がなされるべきである。

 しかしながら、厚生労働大臣による生活保護基準の設定及びそれに伴う本件引下げ処分の違法性が争われた訴訟で、第一審段階で12件、高等裁判所で1件の認容判決が言い渡されることそれ自体が、設定された生活保護基準、そして日本のナショナルミニマムへの信頼が大きく損なわれていることの証左であり極めて憂慮すべき事態と言え、信頼回復への取組は急務である。

 折しも、10月時点で、消費者物価指数(生鮮食品を除く。)は前年同月比で26か月連続のプラスとなっており、31年ぶりという記録的な物価高である。中でも、電気代等のエネルギーや生鮮食品を除く食料など家計に直結する品目の上昇率が高く、生活保護利用者を含む低所得者の生活に対する打撃が大きい。他方、2014年7月31日の名古屋地裁への提訴から9年以上が経過し、原告の中には亡くなったり、心身の不調から訴訟の継続をやむなく断念したりした方もおられ、一刻も早い解決が求められている。

 よって、当会は、国及び各自治体に対し、本判決を重く受け止め、可及的速やかに、本件引下げを見直すとともに、少なくとも2013年8月本件引下げ前の生活保護基準に戻すことを強く求める。

2023年(令和5年)12月6日        

           愛知県弁護士会              

     会 長  小  川    淳