1 本年の通常国会の衆議院憲法審査会では、衆議院議員の任期満了の時期や解散後に、大地震等が発生し選挙実施が困難になった場合に特例的な任期延長や身分復活を認めるための憲法改正に関する議論が活発になされた。また、10月20日に召集された臨時国会の衆議院憲法審査会でも、こうした憲法改正に向けた議論が高まっている。

   本年6月15日の衆議院憲法審査会で配布された衆議院法制局作成の資料(「緊急事態(特に、参議院の緊急集会・議員任期延長)」に関する論点)によれば、改正に積極的な5会派(自由民主党、公明党、日本維新の会、国民民主党及び有志の会)の意見は、①議員任期の延長が必要であること、②対象とする緊急事態の範囲は4事態(大規模自然災害、テロ・内乱、感染症まん延、国家有事・安全保障)とその他これらに匹敵する事態であること、③緊急事態の認定は内閣が行い、国会の事前承認が必要であること、という大枠で一致している。議員任期の延長に関し付加する要件、任期延長期間の上限、裁判所の関与等につき相違は残されているが、憲法審査会における議論が進み憲法改正の発議が国会でなされる可能性がある状況に至っている。

   しかし、上記の意見には、基本的に以下のとおりの問題があり反対である。

2 国会は二院制であり、参議院は3年ごとに半数は改選されるため(憲法46条)、衆議院の解散時や衆参両議院の任期満了時においても、国会議員が全員不在となることはない。

  また、憲法54条2項は、衆議院が解散されたときで、緊急の必要があるときは、内閣が、参議院の緊急集会を求めることができるとして、緊急時の対応を定めている。そしてこの緊急集会については、衆議院の解散による場合と衆議院議員の任期満了後の総選挙が実施不能による場合との間には、衆議院の不在という意味で強い類似性がある上、その期間における参議院の役割を同じように維持することには十分な合理性が見出されるから、衆議院の解散のときに限らず、任期満了により衆議院議員が不在となった場合にも認められるとする解釈ができる。このため、衆議院の解散のみならず、衆議院議員の任期満了時の緊急時に対しては、参議院の緊急集会による憲法上の対応が整備されており、国会の機能が失われることはない。

3 一方、議員の任期延長に積極的な意見の多くは、参議院の緊急集会は両院同時活動の原則に対する例外であり、憲法54条1項の規定からその存続期間は憲法上最大で70日という制約に服するものであるから、参議院の緊急集会では、国政選挙が実施困難となるような緊急事態への対応はできないという点を根拠としている。

   しかし、日本国憲法前文及び1条は、主権が国民に存することを宣言し、同15第1項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」とし、同43条1項は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と定め、国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障しているから、国民の選挙権又はその行使に対する実質上の制限は、慎重かつ抑制的であるべきである。

   このため、大規模災害等の緊急時への対応は、緊急時であっても可及的速やかに選挙を実施することのできる制度を創設することをもってまず対応すべきであって、この点を看過した憲法改正議論は不十分である。参議院の緊急集会に期間限定があることは、衆議院議員の任期延長案を直ちに正当化するものではない。

4 そして、緊急時における選挙制度の在り方に関しては、日本弁護士連合会が、2017年(平成29年)12月22日に発表した「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」で提言した、①平時において、選挙人名簿のバックアップを取ることを法的に義務付けること、②避難者が避難先の市町村の選挙管理委員会に出向いて投票を行うことができる制度を創設すること、③大規模災害時の被災者も郵便投票制度を利用できるよう要件を緩和すること、④現行の繰延投票制度(公職選挙法57条)にとどまらず、一定の要件下で選挙自体を延期する制度を新たに設けることなどが早急に実現されるべきである。

   特に大規模災害時等では事前に想定されなかった施策等の実施が求められ、4年前や6年前に選出された議員ではなく、新たに選出された議員により必要な立法措置や予算措置を講じていくことができるようにすることが合理的であって、この点からも災害に強い公職選挙法に改正することが急務と言える。

5 したがって、現行の参議院の緊急集会の制度による対応をするとともに、選挙制度を改正することにより、国会議員の任期を延長しなくとも緊急事態には十分対処が可能である。こうした観点からの議論を尽くすことなく、衆議院議員の任期延長を可能とする憲法改正のみを志向する議論は、国民の選挙権又はその行使を実質上制限するものとして、許されない。

  まずは、南海トラフ地震や首都直下地震の発生が懸念され、いつ発生してもおかしくない状況にある今こそ、阪神淡路大震災や東日本大震災を教訓として公職選挙法の改正を速やかに行い、大規模災害時にも選挙の実施を可能とする選挙制度に改めるべき議論を先行すべきである。

2023(令和5)年11月28日 

愛知県弁護士会    

会長 小 川  淳