週刊新潮2023年6月29日号は、同月14日に岐阜県岐阜市の陸上自衛隊射撃場で発生した自動小銃による殺傷事件に関して、被疑者とされた18歳の少年の実名、顔写真を掲載した(以下「本件記事」という。)。

 本件記事は少年の非行について、氏名、年齢、職業、容ぼうなど本人であると推知できるような記事又は写真の報道(以下「推知報道」という。)を禁止した少年法第61条の適用除外事由を定めた同法第68条に該当しないため、同法第61条に明らかに違反し、その違法性は重大である。

 少年法は、成長途上にあって将来のある少年について、たとえ大きな過ちがあったときも、健全な成長を援助することを通じて(少年法第1条)、犯罪のくり返しを防ぐことを基本理念としている。国際的には、国連子どもの権利条約が罪を問われる子どものプライバシーが尊重される権利を認め(第16条及び第40条第2項(b)())、少年司法運営に関する国連最低基準規則第8条も「少年犯罪者の特定に結びつくいかなる情報も公表してはならない。」と定め、国連子どもの権利委員会一般的意見10号でも罪を犯した子どもの特定につながる可能性がある情報は、いかなるものも公表されてはならないとしている。また、これは日本国憲法第13条の個人の尊重、すなわち一人ひとりの「人間の尊厳」を認めあう民主的理念の要請でもある。

 重大な少年非行の背景には、大人たちの不適切な扱いや不良な環境によって、健全な成長を妨げられ、適切な人間関係を形成できなかった現実が少なからず存在する。少年法は、そのような実態の科学的な認識に基づいて、少年の人格を尊重する扱いを通じて自己肯定感を回復し、成長発達を援助することを目的としている。少年非行は、少年個人の責任に帰して済ませる問題ではなく、子どもの健全な育ちを保障すべき社会全体の責任の問題である。

 少年法第61条は、少年が犯した過ちの公表、暴露によって、その人格が否定されることがない社会環境においてこそ、少年法の精神が活かされ、少年の更生も可能になるという合理的な認識に基づいているものである。

 この点、2021年5月21日に成立した少年法等の一部を改正する法律(2022年4月1日施行)第68条において、18歳及び19歳のときに犯した罪により起訴された場合には推知報道禁止が解除されるに至ったが、捜査段階での本件記事は同条が適用されるものではないため、違法であることが明らかである。またそもそも、同改正自体が、無罪推定を受けて適正な裁判手続を保障されるべき少年の更生を困難ならしめるものであり、衆議院及び参議院各法務委員会においては、インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、推知報道禁止の一部解除が少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されるべきであるとする附帯決議がなされ、極めて慎重な姿勢が求められている。報道機関は、推知報道が少年の改善更生や社会復帰を阻害する危険性を再認識しなければならない。

 この点、被害者側が実名等で報道されることと対比されることがあるが、被害者の名誉・プライバシー権保護の理念は尊重されなければならないものであって、少年の実名等の報道を正当化する根拠となるものではない。

 報道の自由は憲法が保障する重要な権利である。しかし、少年事件の原因や背景を冷静に分析し報道することが大切であり、実名や顔写真の掲載が社会の正当な関心に応える道ではない。

 本件記事は、少年及びその家族と社会との関係を分断しかねず、メディアによる苛酷な私的制裁にほかならない。一時の世論として犯人の人格さえも完全に葬りたいという処罰感情や排斥的感情が広がることがあっても、ひとりの人間の人格も否定してはならないという節度を保つことこそ、報道の使命であるというべきである。

 当会は、これまでなされた同様の報道に対し、少年法第61条を遵守するよう重ねて強く要請してきた。それにもかかわらず、同様の所為が繰り返されていることは極めて遺憾である。

 当会としては、本件の実名報道は、未だ成長発達段階にある少年の事件の原因、その動機や精神障害の有無さえも明らかではない捜査の初期段階において、予断を厳しく排除して無罪推定原則が要請されることを無視して行われたものであり、それは、明らかに少年法に違反し、かつ、犯罪報道としても適正さを欠き、報道倫理に反していることについて厳重に抗議するとともに、「週刊新潮」を含むすべての報道機関に対して、少年法第61条を遵守すること、同法第68条が適用される場合であっても、前記附帯決議の趣旨を十分認識し、推知報道の当否について極めて慎重に判断することを強く要請する。  

2023(令和5)年6月26日

愛知県弁護士会        

会 長  小 川   淳