当会は、中央最低賃金審議会及び愛知地方最低賃金審議会に対し、早急に、最低賃金額を時間額1000円を超えるように大幅に引き上げた金額を答申すること及び全国一律最低賃金制度の実施に向けた提言をなすことを求めると同時に、政府に対し、中小企業に対する実効的な支援を実施すること及び全国一律最低賃金制度の実現に向けた具体的な取り組みを開始することを求める。

1 長期に及ぶ新型コロナウイルス感染症の継続とロシアのウクライナ侵攻の中で、食料品や光熱費など生活関連品の価格が急上昇している。

  総務省が公表する消費者物価指数によれば、2020年(令和2年)を100としたときの2023年(令和5年)4月の消費者物価指数(総合)は105.1であり、前年同月比でも3.5%増である。「食料費」の指数について言えば111.6であり、前年同月比で8.4%増となっており、2020年と同じ水準で生活を維持する場合の費用は平均で5%増加している。さらに、家計における「食料費」の比重の大きい低所得世帯においては相対的に物価上昇の影響が大きいと考えられる。

  この間、フランス、ドイツ、イギリス、韓国などの諸外国では、最低賃金の大幅な引上げがなされており、こうした事例も踏まえつつ、日本においても大幅な引上げが必要である。

2 愛知県の2022年の最低賃金額である986円ではフルタイム(1日8時間、週40時間)で働いたとしても、月173時間として、月収で17万578円、年収でも約204万円にしかならない。

  もとより、時間額1000円という金額であっても、フルタイム(1日8時間、週40時間)で働いたとして、各種控除前の名目給与金額で月収約17万4000円程度、年収約209万円にしかならず、いわゆるワーキングプアと呼ばれる水準(年収200万円以下)をわずかに超える程度で、単身者にとってすら十分な額ではない状況にある。まして、子どもを育てていくためには、この程度の金額では足りないことは明らかである。

  この収入では、労働者が賃金だけで自らの生活を維持し、将来のための貯蓄をしていくことは到底不可能であり、最低賃金法第1条が目的として掲げる「労働者の生活の安定」にはほど遠い状況である。

  我が国の相対的貧困率は15.7パーセント(2018年)と依然高い水準にあり、貧困線は年収127万円で少し上がっているだけである。貧困と格差の拡大は女性や若者に限らず、全世代で深刻化している。働いているにもかかわらず、貧困状態にある者の多くは、非正規雇用労働者として最低賃金付近での労働を余儀なくされており、最低賃金の低さが貧困状態からの脱出を阻む大きな要因となっているといわざるをえない。

3 また、最低賃金の地域間格差が依然として大きく、格差が是正されてい  ないことも重大な問題である。2022年の最低賃金は、最も高い東京都で時給1072円であるのに対し愛知県では時給986円であり、その間には86円の開きがある。その地域の最低賃金の高低と人口の増減には強い相関関係があり、最低賃金の格差は、最低賃金が低い地域の人口減ひいては経済停滞の一因ともなっている。

  地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は、最近の調査によれば、都市部と地方の間でほとんど差がないという分析がなされている。

  そもそも、最低賃金は、労働者が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。

  厚生労働省の中央最低賃金審議会に設置された「目安制度の在り方に関する全員協議会」が本年4月6日にまとめた報告では、現行のAないしDの4段階の目安区分を3段階とすることが提案されている。しかし、これではCランクの引上額を、Aランクの引上額より大幅に上回るものとするなど抜本的な方策でも採られない限り、地域間格差の迅速な解消は望めない。

  中央最低賃金審議会は、現行の目安制度が地域間格差を解消できなくなっていることを直視し、目安制度に代わる抜本的改正策として、全国一律最低賃金制度実現に向けた提言をなすべきである。

4 他方で、最低賃金の大幅引上げと全国一律最低賃金制度の実現のためには、中小企業への実効的な支援策の充実が不可欠である。最低賃金の引上げに伴う中小企業への支援策について、現在、国は「業務改善助成金」制度により支援を実施しているが、利用件数は少数にとどまっており、十分に機能しているとはいえない状況にある。

  我が国の経済を支えている中小企業が、最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるよう、中小零細企業に対する社会保険料の事業主負担部分や消費税等の各種公租公課の減免、現行の「業務改善助成金」をさらに使いやすい制度に改善すること、申請しやすい新たな補助金の創設・支給を行うこと、原材料費等の価格上昇を取引価格に正しく反映させることを可能にするよう法規制すること等の実効的な支援策を講じることが必要である。

5 本年6月16日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2023について」 (いわゆる骨太の方針)を閣議決定し、その中で、『「成長と分配の好循環」と「賃金と物価の好循環」の実現の鍵を握るのが賃上げ』であるとして、最低賃金について『今年は全国加重平均1000円を達成することを含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会で、しっかりと議論を行う』こと、また地域間格差に関しては『地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる等、地域間格差の是正を図る』という方針を打ち出した。また、中小企業に対する支援については、『中小企業等の賃上げの環境整備については、賃上げ税制や補助金等における賃上げ企業の優遇等の強化を行う。』との方針を示した。

  基本的な方向は評価できるが、最低賃金の設定については、より踏み込んだ対応が求められる。

  今後、当会としては、最低賃金の大幅引上げと全国一律最低賃金制度の実施及び実効的な中小企業に対する支援の具体化に向けて、政府による方針実現に向けた具体的な取組みについて注視する。

6 以上により、当会は、日本国憲法第25条の生存権の理念等に照らし、「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」(最低賃金法第1条)といった最低賃金法の趣旨を実現するために、中央最低賃金審議会及び愛知地方最低賃金審議会に対し、最低賃金額の地域間格差を解消し、直ちに愛知県を含め全国の最低賃金額を時間額1000円を超えるように大幅に引き上げた金額を答申すること及び全国一律最低賃金制度の実施に向けた提言をなすことを求める。 

  また、政府においても、中小企業に対する実効的かつ充分な支援策を直ちに実施するとともに、早急に全国一律最低賃金制度の実現に向けた具体的な取り組みを開始することを求める。

2023(令和5)年6月23日

愛知県弁護士会        

             会 長  小 川  淳