(決議の趣旨)

 当会は、国に対し、次のとおり、刑事訴訟法(以下「刑訴法」)の一部を改正することを求める。

1(1)有罪判決確定後に、再審の請求をしようとする者、再審の請求をした者、またはこれらの者の弁護人から、検察官に対する開示請求があったときは、検察官が保管する公判未提出証拠について、再審請求の申立て前であっても、検察官は、証拠開示に応じることを義務付けること

(2)再審請求審において、請求人または弁護人から証拠開示請求がなされたときは、裁判所は、特別の事情がない限り、検察官に対して、開示請求がなされたすべての証拠について開示に応じるよう勧告することを義務付ける証拠開示法制度を創設すること

(3)再審請求審において、検察官は、捜査機関が保管するすべての公判未提出証拠について記載した証拠目録を作成し、その目録を請求人または弁護人に開示する法制度を創設すること

(4)再審の請求をしようとする者、再審の請求をした者、またはこれらの者の弁護人から再審請求の意向を示されたときは、検察官は、確定審において提出された証拠のみでなく、未提出の証拠についても保存すべき法制度を創設すること

2 再審手続開始決定に対し、検察官が不服申立てを行うこと(即時抗告、特別抗告)を禁止する規定に改めること

(決議の理由)

1 はじめに

 えん罪は国家による人権侵害の最たるものであり、再審手続は、誤判によるえん罪被害者を救済する制度である。無実の者が処罰されることは決して許されてはならないものであり、速やかにその救済が行われなければならない。

 ところが、現行刑訴法では、再審手続に関する規定は19か条しかなく、再審請求手続における審理の在り方は裁判所の広範な裁量に委ねられている。その結果、後述の通り、裁判所の訴訟指揮によって結果に大きな差が生じる、いわゆる「裁判所格差」が目に見える形で現れており、制度及び規定の不備が明らかとなっている。

 この点、2016年に成立した刑事訴訟法等の一部を改正する法律附則において、3年後の見直しとともに再審請求審における証拠開示に関しても検討し、必要に応じて所要の措置を講ずる旨が記載されているところであり、殊に再審請求に関する証拠開示手続の改正は急務と言える。

 また、速やかに救済されるべきえん罪被害とは裏腹に、再審手続は長期化し、再審請求人やその親族が相当高齢になっている事案が多数存在している。そういった中で、再審開始決定が出されても、検察官による即時抗告、特別抗告が繰り返され、再審公判に至ることすらできず、速やかなえん罪被害者救済に著しい支障が生じている。可及的速やかなえん罪被害の救済のためには、検察官による不服申立てを禁止することが不可欠である。

2 裁判所格差と証拠開示手続

 別紙は、これまでに再審で無罪が確定した事件を整理したものであるが、これら再審無罪事件に共通するのは、裁判所の訴訟指揮により確定審には提出されていなかった証拠が開示され、それが無罪判決に繋がっているという点である。これらの事件をみても、再審の理念を実現するためには、確定審段階において公判に提出されなかった未提出記録が開示されることが極めて重要であることがみてとれるところである。

 しかし、現行刑訴法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、証拠開示の有無、範囲等について、裁判所の訴訟指揮によって大きな格差が生じている。名古屋高等裁判所の確定判決についても、名張毒ぶどう酒事件や豊川幼児誘拐殺人事件などが再審請求されているが、証拠開示は極めて限られた一部の証拠についてしか認められておらず、大半の証拠が隠された状態となっており、再審については未だ扉が開かれていない。公平であるべき刑事裁判手続において、裁判所によって大きな格差が生じているという事実は、到底容認されるべきものではない。

 また、公判未提出記録の開示の重要性については、再審請求を申し立てる段階においても同様であり、検察官に開示を義務付ける必要性は高い。

 こうした「裁判所格差」という不公平を是正するためには、検察官に対する公判未提出記録の開示を義務付けるとともに、再審請求審においては、全ての裁判所において統一的に証拠開示に関する運用が図られるよう、その法制化をすることが必要不可欠である。

 さらに、公判未提出記録の開示を実効あらしめるためには、捜査機関が保管する公判未提出証拠(記録及び証拠品)の保管が適正に行われる必要性があるうえ、これらの未提出証拠を記載した証拠目録を作成し、再審請求人等やその弁護人に対して開示することが不可欠である。従って、これらの記録の保管や証拠目録の作成、開示について検察官に義務付けることについても法制化されなければならない。

3 再審開始決定に対する検察官の不服申立てについて

 検察官の訴追活動については、有罪判決の確定で公訴権は消滅している。従って、再審請求における検察官の関与は再審請求手続の(過度な)職権化を避け、適正な請求手続の進行を図るためにいわば政策的に認められたものである。この点で、その政策目的を超えて活動することは許されるべきものではない。正に再審請求手続における検察官の役割は、職権主義の下で手続の主導権を有する裁判所が、適正な手続進行を図るために必要と認める限度において認められるものに過ぎない。

 しかしながら、再審手続開始を認める決定に対しては、検察官による不服申立てが常態化しており、特に近年では再審開始を認める即時抗告審の決定に対してすらも、検察官が最高裁判所に特別抗告を行う事例が多々見られ、今まで以上にえん罪被害者の早期救済が妨げられる事案が発生している。現実に名張毒ぶどう酒事件においては、平成17年の第7次再審請求審において1度は再審開始決定が出されたが検察官の異議申立てにより取り消され、請求人は雪冤を果たすことなく平成27年に亡くなっている。布川事件については、昭和45年に有罪判決を受けた後、平成23年に再審無罪が確定するまで実に41年もの長期間を要している。えん罪被害者である請求人は再審で無罪が確定してはいるものの、人生の大半を失ったと言っても過言ではない酷な結果となっているのである。

 本来再審請求手続は、確定判決の結論が合理的な疑いがあるか否かを判断するに過ぎないものであり、この観点からも、再審開始決定に対する検察官の不服申立ては認めるべきではない。

 しかも、こうした検察官の不服申立てにより再審請求手続が長期化し、その結果無辜の被疑者に対する救済が遅延し、えん罪被害者本人やその遺志を受け継いだ親族が高齢化したり無罪判決を得ることなく死亡するという事案が多数存在している。正に、検察官による不服申立てが速やかなえん罪被害者の救済を阻害する状況にあるのである。

 されば、再審手続開始決定がなされた場合には、速やかに再審手続を開始し、再審公判が行われるようにする必要があり、現行刑訴法の規定を改正し、検察官の不服申立てについては法をもって禁止することが必要である。

【別紙】 裁判所の訴訟指揮により証拠開示が実現し、再審無罪が確定した事例

  •  弘前事件

 確定審において犯人性を立証するための証拠として、請求人の靴に被害者の血液型と同型の人血が付着していたとする鑑定が出されていたが、検察官が弁護人の請求に応じず、開示されなかった一件記録が、裁判所の取寄せ決定により取り調べられたところ、同鑑定人がより早い時期に「血液型が資料不足で判別できず」と記載した鑑定があったことが判明した。血痕の証拠価値の問題が争点となり、シャツの血痕も押収後に作出された疑いがあるとされ、同鑑定を含めた有罪認定を支える証拠の作成過程に疑惑が生じた。

 仙台高裁が1976年7月13日に再審開始を決定し、同高裁は「犯人性を 推認する証拠は何一つ存在しない」と判示して無罪判決を言い渡し、確定した(1977年2月15日)。

  •  免田事件

 裁判所が検察官に対する送付嘱託(1956年2月11日)を行い、検察官の未提出証拠を取り寄せた結果、請求人のアリバイや供述の信用性を裏付ける供述調書等が開示され、アリバイ主張を認めて再審開始となった。

 福岡高裁が1979年9月27日に再審開始を決定し、検察官の特別抗告は棄却され、熊本地裁八代支部で無罪判決が言い渡され確定した(1983年7月15日)。

  •  財田川事件

 裁判所が、検察官に未提出記録の開示を促したところ、197010月には警察が保管していた未送致記録の捜査状況報告書綴り2冊、関係人供述調書綴り1冊、197710月には捜査課と捜査本部の各捜査書類綴り2冊がそれぞれ開示された。後者の開示証拠により、秘密の暴露があるとされていた自白が、秘密の暴露に該当しなかったことが裏付けられ、自白の信用性に影響を及ぼした。

 高松地裁が1979年6月7日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告は棄却され、同地裁で無罪判決が言い渡され確定した(1984年3月12日)。

  •  松山事件

 裁判所(第2次請求審)の勧告により開示された未提出記録6冊の中に、犯人性を立証する証拠とされていた血液が付着したとされる掛け布団に「ベンチジン、ルミノール反応とも陰性」として血液反応が存在しないと結論づける鑑定などがあった。

 仙台地裁が197912月6日に再審開始を決定し(検察官の即時抗告棄却)、仙台地裁で無罪判決が言い渡され確定した(1984年7月11日)。

  •  徳島事件

 第5次再審請求の審理を始めるに際し、三者打合せの中で裁判所が証拠開示を勧告し、検察官が未提出記録である警察の初動捜査に関する記録や目撃者である少年2人の目撃供述の変遷経過を示す証拠等22冊を開示した。これにより、証拠構造上核心的な目撃証言の信用性に関わる多数の重要な未提出証拠が存在していたことが明らかになった。

 第6次再審請求において、徳島地裁が19801213日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告が棄却され、同地裁が無罪判決を言い渡し確定した(1985年7月9日)。

  •  梅田事件

 第2次再審請求において、裁判所の勧告により検察官が未提出記録の目録を提出したため、裁判所がその中から証拠を特定して、職権により地検から公判未提出記録である供述調書や捜査記録、写真等を多数取り寄せた。そこに含まれていた被害者の頭蓋骨写真等の証拠により、確定判決が認定した実行行為との不一致が明らかになった。

 釧路地裁網走支部が19821210日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告が棄却され、釧路地裁が無罪判決を言い渡し確定した(1986年8月27日)。

  •  島田事件

 裁判所が刑訴法445条の「事実の取調」の前提として昭和601985)年3月20日付文書取寄決定をし、検察官に事件発生後から逮捕日までの捜査日誌、現場の足跡採取に関する捜査報告書等の提出を求めたところ、逮捕日付捜査日誌の付表欄のみと足跡採取に関する報告書2通を提出し、その余は拒んだ。これらの報告書により、自白における犯行順序や遺体損傷状況、犯行後の足取りに関する供述が、客観的事実に反していることが判明し、自白の信用性に疑問が生じたことから、再審開始に至った。

 静岡地裁が1986年5月30日に再審開始を決定し、同地裁が無罪判決を言い渡し確定した(1989年1月31日)。

  •  榎井村事件

 弁護人が、1951年、請求人は無実であり再審請求の予定である旨を主張して刑事確定訴訟記録の保存を申し出たにもかかわらず、1962年6月に判決書を除いて刑事確定訴訟記録が廃棄された。もっとも、再審請求審の審理中に、警察の調査により、香川県警察本部で保管されている書類綴りに本件及びそれに関連する余罪事件の書類があることが判明した。裁判所は、三者協議において検察官に対し、上記書類の謄本を、原本と照合した上で証拠として提出するか否かを質したところ、検察官は「別組織である県警保管の文書を、検察庁が入手して提出、あるいは県警に提出させることはできない」と述べた。これに対し、裁判所は「従前からの経緯では、裁判所に原本全部を持参してもらい、既に検察官、弁護人が入手している写し部分以外にも本件と関連する部分があるかどうかを確認することについては暗黙の了解があったように思われる。検察官の方でも、他にも本件と関連する部分があるかどうかの確認ができるように努力してもらいたい」と述べ、裁判所内での法曹三者立会いの下で「原本照合」及び「他に本件に関連する文書がないかどうかの確認」の実施を決めた。これにより未開示証拠も開示されたため、これらの開示証拠が、旧証拠の内容再現にも寄与し、証拠構造の把握や総合評価が十分可能となった。再審無罪となった結果に照らしても、再審事件における保管記録の廃棄が極めて不当であったことが明らかとなり、再審事件における記録保管・廃棄に関する問題点が顕在化した。

 高松高裁が199311月1日に再審開始を決定し、同高裁が無罪判決を言い渡し確定した(1994年3月22日)。

  •  足利事件

 裁判所は、検察庁から裁判所に提出された後、裁判所の保管庫に保管されている証拠物である「半袖下着」の証拠保全のために押収(刑訴法99条2項〔※現行法の同条3項〕)を決定して押収を行った上で、押収した半袖下着を自治医科大学法医学教室に保管させる旨の決定をした。裁判所の上記措置により、半袖下着はマイナス80℃で保管されることになり、後のDNA型再鑑定が可能となった。

 東京高裁が2009年6月23日に再審開始を決定し、宇都宮地裁で無罪が言い渡され確定した(2010年3月26日)。

  •  東京電力女性社員殺害事件

 裁判所が、検察官が保管している膣内容物等の証拠物について、証拠開示の準備行為として、検察庁でのDNA型鑑定を求めたところ、検察庁がDNA型鑑定を行った。当該DNA型鑑定によって請求人の犯人性が否定された。

 東京高裁が201267日に再審開始を決定し、検察官の異議申立ては棄却され、同高裁で確定第1審の無罪判決に対する検察官の控訴を棄却する判決が言い渡され確定した(201211月7日)。

  •  布川事件

 弁護人が個別証拠開示を求め続けたところ、第1次再審で11点、第2次再審及び再審公判で127点、証拠物9点などの証拠開示がなされた。開示された証拠の中でも、逮捕2日後の取調べ録音テープ、頚巻きパンツ、請求人らの痕跡不存在を示す毛髪鑑定書2通、死体検案書、目撃証人の初期供述、捜査報告書等によって、殺害方法や請求人両名の自白や目撃証言の信用性に疑問があることが判明し、再審開始決定に至った。

 水戸地裁土浦支部が2005年9月21日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告及び特別抗告がいずれも棄却され、同地裁支部が無罪判決を言い渡し確定した(2011年5月14日)。

  •  東住吉事件

 即時抗告審において、裁判所が「取調べ備忘録・取調べメモに該当する捜査報告書」について証拠開示の勧告をし、検察官が該当する証拠として報告書15通を開示した。即時抗告審決定では、開示された取調備忘録・取調べメモを根拠に取調官の偽証の可能性が指摘され、再審公判では、自白の任意性を否定する根拠の一つとされた。

 大阪地裁は2012年3月7日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告は棄却され、同地裁で無罪判決が言い渡され確定した(2016年8月10日)。

  •  松橋事件

 弁護人が、再審請求の申立て前に、検察庁で証拠物の閲覧を求めたところ、焼却されたはずのシャツの左袖部分の布片が開示された。これにより、被告人が犯行に使用したのちに焼損したと自白した上記布片について、その布片が焼損されておらず、被告人の自白に客観的状況と矛盾する部分があることが明らかとなり、再審開始、再審無罪の原動力となった。また、再審請求審においても、裁判所は、検察官に対し、証拠物に関する鑑定嘱託書・鑑定書・捜査報告書等、実況見分が行われた際の写真・ネガ・ビデオテープ・録音テープ、被告人及び関係者の供述録取書等・取調小票・取調メモ等について、その有無を調査し、検察庁及び熊本県警察に現存する該当証拠について、その標目を弁護人に開示するよう勧告したり、実況見分の状況を撮影したビデオテープの現物を開示するよう勧告したりするなど、証拠開示に向けた積極的訴訟指揮が執られた。

 熊本地裁が2016630日に再審開始を決定し、検察官の即時抗告及び特別抗告がいずれも棄却され、同地裁における再審公判で無罪判決が言い渡され、即日確定した(2018328日)。