法曹(裁判官、検察官及び弁護士を総称したもの)は、わが国の三権のうち司法を担う者であり、法の支配を実現し、国民の権利利益を擁護し、社会正義を実現することを使命としている。法曹が司法の担い手である以上、法曹養成は国の責務である。そのため、国は、司法修習生に対して、修習専念義務を課し、兼業・兼職を禁じた上で、司法修習生に、法曹としての責任を自覚させるとともに、法曹としての十分な知識と実践力を備えさせるべく、一年間に亘る司法修習期間を設けている。司法修習生は、兼業・兼職の禁止により収入を得ることができないため、公務員に準じた給与が支払われていた(これを「給費制」という)。この給費制は、終戦直後の日本が経済的に裕福ではなかった昭和22年より、60年以上にわたり維持されてきた。

 しかし、平成23年、司法制度改革による司法試験合格者3000人構想のもと給費制が廃止され、新第65期司法修習生から無給の司法修習を強いられることとなった。多くの司法修習生は、最高裁判所から貸付けを受けることによって、司法修習期間中の生活費のみならず司法修習の実を挙げるための法律関連書籍やノートパソコンの購入費などを賄うことを余儀なくされた(これを「貸与制」という)。司法修習生は、兼業・兼職禁止を伴う修習専念義務を課されたまま、収入を得る途を閉ざされ、修習期間を終える頃には多くの司法修習生が300万円を超える負債を背負うこととなった。

 給費制の廃止は、終戦直後から行われてきた社会インフラであり司法の担い手たる法曹の養成を国が放棄したに等しく、日本弁護士連合会及び当会を含む各地の弁護士会は、給費制の復活を求めて声を上げ、署名集めや市民集会の開催、国会議員や市会議員等への陳情、日本弁護士連合会主催の議員会館での集会への参加等を中心に、様々な活動を行ってきた。この活動は多くの国会議員や国民に支持され、平成29年に裁判所法が改正されて、第71期司法修習生から修習給付金が支払われるようになった。

 国が、司法及び司法修習制度の重要性を再認識し、給費制を一部とはいえ事実上復活させたことは大変有難く、尽力をいただいた皆様には深く感謝を申し上げたい。

 もっとも、給費制と修習給付金制度の谷間に陥り、司法修習中無給を強いられた新第65期から第70期(いわゆる「谷間世代」)に対する是正措置は何ら設けられなかった。そのため、谷間世代のみが、給費制が廃止され、生活保障のない状態での不合理な司法修習を強いられ、司法修習期間中の借金という経済的負担のみならず、国から見捨てられたという精神的負担を背負ったまま法曹として活動することとなった。

 谷間世代の法曹は、現在、司法修習終了後6年から11年の経験を積んでおり、我が国の法曹の活動の中核を担い、最も精力的に活動し、また活動が期待される時期にある。その期待に応え、多くの谷間世代の法曹が基本的人権の擁護と社会正義の実現のために日々活動している。しかし、最高裁判所に対する返済は既に始まり、谷間世代の法曹は、精力的に活動する反面で貸与制による負債を返済し続けており、この経済的・精神的負担が谷間世代の法曹としての活動に与える影響は無視できない状況にある。この点、谷間世代に対するアンケート結果においても、多くの谷間世代にとって貸与制が重い負担となっていることが確認されており、この問題を早期に解決することが、谷間世代の更なる活躍に結びつくことが期待される。

 昨今のコロナ禍等による新たな問題だけでなく、様々な社会問題や我が国が避けることのできない災害等の場面において、谷間世代を含む法曹は一丸となって立ち向かい、社会的経済的弱者の救済をはじめとする人権擁護活動に尽力することにより、法の支配を実現しなければならない。これこそ、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と謳った、現行の弁護士法が制定された1949年から我が国の法曹に連綿と受け継がれてきたマインドなのである。谷間世代も例外ではなく、多くの谷間世代が、不公平感、不公正感を覚えながらも、これからの司法を担うべく、積極的に活動を行っている。谷間世代に対する一律給付を実現することによって、谷間世代の法曹がより活動の幅を広げ、社会的、公益的な役割を果たしていくことが、市民のための力強い司法を実現するために必要とされている。

 2019年5月30日には、給費制廃止違憲訴訟(新第65期・名古屋)の名古屋高等裁判所控訴審判決において、「例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分考慮に値するのではないかと感じられる」との付言がなされ、司法も立法府による解決に期待している。

 このような状況を踏まえ、昨年8月から11月にかけて、谷間世代への一律給付実現を求め、愛知県を含めた全国7か所で「谷間世代への一律給付実現のためのリレー市民集会」が開催された。昨年10月には、愛知・岐阜・三重・福井・石川・富山の中部地区6県の弁護士会で構成される中部弁護士会連合会においても、谷間世代への一律給付を求めるとともに、修習給付金の増額を求める決議が行われた。そして、バトンを日本弁護士連合会へと繋ぎ、昨年1129日に衆議院第一議員会館にて同連合会主催の院内意見交換会が行われた。多くの国会議員にご参加頂き、谷間世代の問題の解決にご理解とご賛同を頂くことができた。

 谷間世代の法曹への一律給付に向けて国会議員から寄せられた「応援メッセージ」は、遂に国会議員の過半数を超える368名(令和5年3月7日時点)に上った。愛知県から選出された国会議員に至っては、37名中34名もの方々から応援メッセージをいただいており、深く感謝を申し上げたい。この賛同者の数が、谷間世代問題の関心の高さとともに、この問題が法曹だけの問題にとどまらず、わが国の根幹たる三権の一翼である司法全体の問題であることを示している。一日も早く「谷間世代」の問題を解消することが国民の基本的人権の擁護及び社会正義の実現に直結するのである。

 以上の理由から、当会は、国に対し、今こそ、司法人材を強化し力強い司法を実現するため、「谷間世代」に対する早急な一律給付を求めるものである。

2023年(令和5年)3月8日

愛知県弁護士会     

会 長  蜂須賀 太 郎