202212月4日、公務執行妨害の被疑事実で愛知県岡崎警察署に勾留されていた43歳の男性が、同署の留置施設内保護室で収容されていた際に息をしていない状態でみつかり、その後死亡が確認されたという事件が発生した。報道及び遺族からの情報等によれば、死因は1週間前から発症していた脱水症で、少なくとも逮捕後5日以上にわたり食事を摂っていなかったこと、男性は統合失調症を発症しており障害者手帳2級であったこと、2度にわたって遺族から男性の上記精神障害に関する情報の提供とともに緊急に入院させて欲しい旨の申し出が行われていたこと、男性に対しては、保護室内に収容されたうえ、裸の状態で身体拘束のための戒具をのべ140時間以上使用されていたこと等が明らかにされている。

1 本件事件は外部からは監視、検証が困難な岡崎警察署内部で発生した事案である。現在、愛知県警察本部は、男性に対する特別公務員暴行陵虐の被疑事実で捜査をしているとされているが、精神障害がある被疑者の死亡という重大な人権侵害事件を防止するためには、真相究明が不可欠である。男性に対して暴行が加えられていたことのほか、男性の後頭部が保護室のトイレに入り込んだ状態で水が流されたという報道もあり、いかなる経緯で死亡するに至ったのか、医学的な解明の他、再発防止のためには何が必要なのか、制度的な観点も踏まえた検証が不可欠である。

 そして、再発防止には、捜査で得られた情報を捜査機関内部にとどめておくだけでは不十分であり、愛知県警察においては、当該情報を外部に公開し、十分な検証がなされなければならない。

2 本件事件では、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事被収容者処遇法」)に定める診療がなされず、拘束具等の使用制限及び保護室の使用手続に違反していたとされている。

 保護室への収容期間は、刑事被収容者処遇法2142項、793項により72時間という制限が設けられているうえ(なお、特に継続が必要と認められる場合に48時間ごとに収容期間を更新できるものとされている)、保護室の収容や、例外的な収容期間の延長にあたっては、健康状態について医師の意見を聴かなければならない(同法2142項、795項)。しかしながら、報道によれば、男性は、保護室収容の初期段階から医師の診察を受けておらず、適切な医師の関与がない状態であったと考えられるところ、後述するように男性に対して医師の診療を受けさせていれば、適切な入院等の処置が行われ、男性は死亡していなかった可能性がある。

 また、長期間の保護室への収容、拘束具の使用等の経緯に加えて、遺族から聴取した男性の精神疾患の状況や入院の申し出等の状況に照らせば、疾病が存在し、飲食物を摂取せず生命に危険がある場合に該当するから、少なくとも刑事被収容者処遇法201条に基づいて嘱託医等の診療を受けるべき状況にあったことが推察されるが、その措置が講じられていない点も適法性に重大な疑義を生じさせる。

 そして、障害者に対する虐待防止の点からは、拘束具等の使用や保護室への収容は、自傷・他害等の切迫性や他の手段では防止しえないといった非代替性が認められる場合であって、身体拘束その他の行動制限が一時的なものである場合に限りにおいて許容されるべきである。野放図に長期間拘束具を使用し、保護室に収容させていた点は重大な問題であり、しかも裸で保護室に収容されていたことも併せて、極めて深刻な人権侵害が行われていたと評せざるを得ない。

3 さらに、男性は、公務執行妨害の被疑事実で勾留されていたが、弁護人は選任されておらず、遺族が岡崎警察署に対して二度にわたり男性を即時入院させるよう依頼をしたものの、同警察署において速やかに入院措置を講じないまま身体拘束を継続している。精神障害者にこそ、弁護人を選任する必要性が高く、障害者の権利保障の観点からは、男性に対して、警察官及び検察官から障害の内容・程度に応じた適切な配慮を行ったうえでの弁護人選任権の告知や当会が当番弁護士制度を行っていることの説明等がなされるべきであり、この点の検証も必要である。

 また、男性の勾留質問の際に、裁判所において、十二分に国選弁護制度を説明したうえ、たとえ男性が弁護人選任権を行使しなかったとしても、職権で国選弁護人を付することができた可能性があり(刑事訴訟法37条の4)、裁判所が男性の精神障害に気づき、職権で国選弁護人を付することができなかったのか、男性の供述内容と共に検証されるべきである。

4 男性には弁護人選任権だけではなく、勾留や処遇に関して、刑事訴訟法や刑事被収容者処遇法に基づいて不服を申し立てる権利があったが、身体拘束を受けていた期間を通じて、男性の障害の特性を踏まえて、これらの機会が実質的に保障されていたのかどうかも問われる必要がある。

5 折りしも、名古屋刑務所において、22名もの刑務官が受刑者を暴行するという事件が発覚したばかりである。入管を含めた収容施設における被収容者の人権が蔑ろにされる事件が後を絶たないのは、関係各人の法令順守の姿勢が足りないことはもとより、被収容者であったとしても人として尊重されるべき人権についての無理解が根底に潜んでいるというべきである。改善のためには、個人の人権意識を涵養するだけでは限界があり、組織としての取組が必要である。さらに、外部への積極的な情報開示を行い、第三者の意見を取り入れるなどの抜本的な制度的改革も必要である。そのためには、留置施設視察制度の見直しや、救済を外部に求める手段を実質的に保障すること、処遇に関しても中立的かつ迅速な事実確認及び審査の手段を用意すること等も検討されるべきである。

6 そして、本件事件により、医療制度が整っていない留置施設に被疑者を勾留することの危険性が顕在化したというべきである。当会は、つとに代用監獄の弊害を指摘し続けているが、代用監獄は廃止されなければならないものである。

 基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、法制度の改善を責務とする当会は、刑事施設、留置施設等における人権の擁護、及び、適切な刑事手続の実現に向けた取組を進めてきたが、今後も、一層その取組を強化することを声明する。

2022年(令和4年)1227

愛知県弁護士会   

会長 蜂須賀太郎