刑事訴訟法第39条第1項が定める被疑者と弁護人や弁護人となろうとする者との接見交通権及び秘密交通権は,憲法第34条の保障に由来し,身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し,その助言を受けるなど弁護人等から援助を受けるための基本的権利に属するものであるとともに,弁護人の固有権の最も重要なものの一つである(最高裁昭和53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁、最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁参照)。そして,被疑者が弁護人等との接見に備えて取調べの内容や疑問点,意見等を記載し,あるいは接見の内容を記載した「被疑者ノート」等の文書(以下単に「被疑者ノート」という。)を作成することは,接見行為そのものではないものの,接見時における口頭の意思疎通を補完し,又はこれと一体となって弁護人等の援助の内容となるものである。
このような接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノートの性質に照らせば,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第212条第1項に基づき留置担当官が被留置者たる被疑者の所持品を検査する場合であっても,その対象が被疑者ノートである場合には,被疑者ノートの秘密を保護し,接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないよう可能な限りの配慮をすることが,被疑者である被留置者との関係のみならず弁護人等との関係においても義務付けられ,被疑者ノートに対する検査は,原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度でのみ許容され,外形上,被疑者ノートに該当することが確認された場合には,被疑者の言動等から,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり,留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り,被疑者ノートの内容にわたる検査を行ってはならず,内容にわたる検査を行うことは違法となると解されなければならない。
令和元年(2019年)11月に,愛知県警察の留置施設に留置中の外国籍の被疑者に弁護人になろうとする者として接見した当会会員が,当該被疑者に接見の際に用いるために差し入れた被疑者ノートについて,愛知県警察の留置担当官は,同月から翌月にかけて,①被疑者に対し被疑者ノートへの母国語でのメモを禁止し,②被疑者ノートの記載内容にわたる検査をなし,③母国語によるメモ記載があった被疑者ノートの該当箇所を被疑者に破って破棄させる行為に及んだ。
かかる行為につき,名古屋地方裁判所は,当会会員が提起した国家賠償請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)において,令和2年(2020年)9月29日,前述したところと同旨の判断を示した上で,①の行為には法律上根拠がなく,②③の行為には被疑者に留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項を被疑者ノートに記載するおそれがあるなどの特段の事情があったとは認められず,いずれの行為も違法だとする判決(以下「一審判決」という。)を言い渡した。
そして,名古屋高等裁判所も,本件訴訟の控訴審において,令和4年(2022年)2月15日,前述したところと同旨の判断を示した上で,①②③いずれの行為も違法だとする判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。のみならず,本判決は,①の行為は違法ではあるが当会会員の接見交通権を侵害するものであったとは認められないとした一審判決とは異なり,①の行為も当会会員の接見交通権を侵害するものであったと認めた上,接見交通権及び秘密交通権の重要性に鑑み,当会会員が抗議したにもかかわらず留置担当官がなした②の行為による当会会員の慰謝料額を増額認定するなどして,当会会員の附帯控訴を一部認容した。本判決は,前述した接見交通権及び秘密交通権の重要性や,接見時における口頭の意思疎通を補完し,又はこれと一体となって弁護人等の援助の内容となるという被疑者ノートの性質を踏まえた,適切な判断を下したものと評価できるものである。
ところで,令和3年5月、神奈川県警察の留置施設で留置担当官が被疑者ノートの記載内容を確認した上で被疑者に対し記載箇所を黒塗りするよう指示し,同年7月、北海道警察の留置施設で留置担当官が被疑者ノートを被疑者から取り上げてその記載内容を確認し同ノートを持ち去ったため,弁護人であった弁護士が横浜地方裁判所や札幌地方裁判所でそれぞれ国家賠償請求訴訟を提起したと報じられている。愛知県警察の留置施設内においても,留置担当官が被疑者ノートの記載内容を確認したり,被疑者ノートを無断で持ち出したりする事例があるとの報告が同年に複数の当会会員からなされているなど,留置施設において,被疑者ノートの秘密を保護し接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないような配慮を欠いた違法不当な運用がなされている疑いがある。
当会は,本判決を機に,接見交通権及び秘密交通権の重要性や,被疑者ノートの性質を踏まえ,(ⅰ)今後二度と同様の事態を招くことのないよう,留置施設において,被疑者ノートに対する検査が,原則として当該文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度でのみなされ,(ⅱ)外形上,被疑者ノートに該当することが確認された場合には,被疑者の言動等から,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり,留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り,内容にわたる検査はなされないという適正な運用が徹底されるよう,強く求める次第である。
2022(令和4)年2月22日
愛知県弁護士会
会長 井 口 浩 治