週刊新潮2021年10月28日号は、同月12日に山梨県甲府市で発生した放火殺人事件について、被疑者とされた19歳の少年の実名、顔写真、学校名等を掲載しました(以下「本件記事」といいます。)。

 本件記事は少年の非行について、氏名、年齢、職業、容ぼうなど本人であると推知できるような記事又は写真の報道(以下「推知報道」といいます。)を禁止した少年法第61条に明らかに違反し、その違法性は重大です。

 少年法は、成長途上にあって将来のある少年について、たとえ大きな過ちがあったときも、健全な成長を援助することを通じて(少年法第1条)、犯罪のくり返しを防ぐことを基本理念としています。国際的には、国連子どもの権利条約が罪を問われる子どものプライバシーを尊重される権利を認め(第16条及び第40条第2項(b)(ⅶ))、少年司法運営に関する国連最低基準規則第8条も「少年犯罪者の特定に結びつくいかなる情報も公表してはならない。」と定め、国連子どもの権利委員会一般的意見10号でも罪を犯した子どもの特定につながる可能性がある情報は、いかなるものも公表されてはならないとしています。また、これは日本国憲法第13条の個人の尊重、すなわち一人ひとりの「人間の尊厳」を認めあう民主的理念の要請でもあります。

 重大な少年非行の背景には、大人たちの不適切な扱いや不良な環境によって、健全な成長を妨げられ、適切な人間関係を形成できなかった現実が少なからずあります。少年法は、そのような実態の科学的な認識に基づいて、少年の人格を尊重する扱いを通じて自己肯定感を回復し、成長発達を援助することを目的としています。少年非行は、少年個人の責任に帰して済ませる問題ではなく、子どもの健全な育ちを保障すべき社会全体の責任の問題です。

 少年法第61条は、少年が犯した過ちの公表、暴露によって、その人格が否定されることがない社会環境においてこそ、少年法の精神が活かされ、少年の更生も可能になるという合理的な認識に基づいています。

 この点、2021年5月21日に成立した少年法等の一部を改正する法律(2022年4月1日施行、以下「改正少年法」といいます。)において、18歳及び19歳のときに罪を犯した場合には推知報道禁止が一部解除されるに至り、本件記事もこの点に触れています。しかし、それはあくまでも検察官送致決定を経て起訴された後に限定されており、捜査段階での本件記事は改正少年法下であってもなお違法であることが明らかです。またそもそも、同改正自体が、無罪推定を受けて適正な裁判手続きを保障されるべき少年の更生を困難ならしめるものであり、衆議院及び参議院各法務委員会においては、インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、推知報道禁止の一部解除が少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されるべきであるとする附帯決議がなされ、極めて慎重な姿勢が求められました。報道機関は、推知報道が少年の改善更生や社会復帰を阻害する危険性を再認識しなければなりません。

 この点、被害者側が実名等で報道されることと対比されることがありますが、被害者の名誉・プライバシー権保護の理念は尊重されなければならないものであって、少年の実名等の報道を正当化する根拠となるものではありません。

 報道の自由は憲法が保障する重要な権利です。しかし、少年事件の原因や背景を冷静に分析し報道することが大切であり、実名や顔写真の掲載が社会の正当な関心に応える道ではありません。

 本件記事は、少年およびその家族と社会との関係を分断しかねず、メディアによる苛酷な私的制裁にほかなりません。一時の世論として犯人の人格さえも完全に葬りたいという処罰感情や排斥的感情が広がることがあっても、ひとりの人間の人格も否定してはならないという節度を保つことこそ、報道の使命であるというべきです。

 当会は、これまでなされた同様の報道に対し、少年法第61条を遵守するよう重ねて強く要請してきました。それにもかかわらず、同様の所為が繰り返されていることは極めて遺憾というほかありません。

 当会としては、今回の実名報道が、明らかに少年法に違反し、かつ、犯罪報道として適正さを欠いていることについて厳重に抗議するとともに、「週刊新潮」を含むすべての報道機関に対して、少年法第61条を遵守し、改正少年法施行後も、前記附帯決議の趣旨を十分認識し、推知報道の当否について極めて慎重に判断することを強く要請します。  

2021(令和3)年11月2日

愛知県弁護士会     

会 長  井 口 浩 治