第1 声明の趣旨

 特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)が規定する概要書面及び契約書面の電子化を認める法改正に反対する。

第2 声明の理由

1 特商法、預託法における書面規制見直しの動き

(1)消費者庁は、2020年11月9日、規制改革推進会議第3回成長戦略ワーキング・グループにおいて、オンライン英会話コーチの取引が書面の郵送交付の義務があるためオンラインで完結しないという事例が取り上げられ、特定継続的役務提供における概要書面及び契約書面の電子化を可能とすべきではないかと問題提起されたことを受けて、2021年1月14日、内閣府消費者委員会本会議において、「消費者の承諾を得た場合に限り」という留保をつけながらも書面の電子化を可能にすることを検討していること、また、書面の電子化の対象を、特商法の通信販売を除く全取引類型のほかに預託法も含めて検討していることを説明した。

(2)すなわち、当初は特商法における「特定継続的役務取引」のうち、「オンライン上の契約」における書面の電子化という限定的な範囲での問題提起であったにもかかわらず、唐突に、訪問販売、特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引にまで対象範囲が拡大され、かつ、オンライン取引に限らず対面取引にも適用が検討されていること、更に、これまで全く俎上に載せられていなかった預託等取引についても同様に書面電子化が検討されていることが明らかになった。

2 特商法・預託法における書面交付義務の意義

(1)そもそも特商法が業者に対して契約書面等の交付義務を課した趣旨は、訪問販売等での不意打ち勧誘や、連鎖販売取引・業務提供誘引販売取引での儲け話を強調した勧誘などにより、十分な検討を経ないまま契約を締結した消費者に、改めて契約内容が保存された書面を冷静に確認し、契約の解消(クーリング・オフ)を検討する機会を与えることにある。

 そのため、特商法は、契約書面の記載内容等を具体的に規定しており、例えば、クーリング・オフについては、赤字・赤枠・8ポイント以上の活字により、無理由かつ無条件の解除権の要件と効果を具体的に記載しなければならないとされている。

(2)また、預託法が業者に対して契約書面等を交付する義務を課した意義は、消費者が預託等取引契約における収益事業の実現可能性や履行状況を冷静に検討できる機会を与える点にある。これまでも預託等取引において、数多くの消費者被害事件が発生してきたことを踏まえれば、書面交付義務を課すことにより、契約書面等の確保・保存を担保し、消費者が契約の前後において当該収益事業の実現可能性や履行状況を確認できるようにしておくことは極めて重要である。

3 書面交付義務の電子化により予想されうる弊害

 このように書面交付には重要な意義がある一方、書面交付を電子化した場合には、次のような弊害が予想される。

(1)書面交付が電子化されれば、消費者は、画面が小さくスクロールが必要なスマートフォンの画面で契約内容を確認せざるを得ず、記載事項の確認は非常に困難となるし、また、8ポイント以上の活字の大きさを確保することは不可能となるなど、クーリング・オフの告知機能が果たせない状況になりかねない。

(2)また、対面取引で契約を締結する場合は、その場で紙の書面を交付すれば足りるのであり、電子データの提供を選択する必要性や合理的理由は乏しいといわざるを得ない。対面取引においても電子化を一律に認めることは、契約内容に関する警告、クーリング・オフ等の権利告知や契約内容の確認・保存などの書面交付義務が果たしていた機能は著しく形骸化することが強く懸念される。

(3)さらに、高齢者の消費者被害においては、家族や介護ヘルパー等の周辺者が契約書面等を発見し、初めて被害が判明するということが少なくないが、電子交付が可能となれば、このような周囲者からの早期の被害発見も著しく困難になることが容易に予想される。

(4)加えて、預託等取引に至っては、悪質な販売預託商法によりこれまで多数の大規模消費者被害が繰り返されているにもかかわらず、書面交付の電子化を認めることは、被害発覚を一層遅らせることになりかねず、被害の深刻化を招きかねない。

(5)なお、金融商品取引業、電気通信事業及び個別信用購入あっせん業は、消費者の事前の承諾による書面の電子化を認めているが、いずれも登録制によって事業活動自体の適正化措置が講じられているうえ、前二者では、重要事項の説明が義務付けられている。しかし、特商法及び預託法の取引類型は、登録制も重要事項説明義務もなく、同列に扱うことはできない。

(6)このような電子化に関する懸念に対し、消費者庁は、前記の2021年1月14日の内閣府消費者委員会の本会議において、「消費者の承諾を得た場合に限り」電子交付を認めるのだから消費者に不利益とはならないと説明している。

 しかし、そもそも不意打ち勧誘や儲け話を強調した勧誘により契約内容や必要性につき冷静な判断ができないまま契約をしてしまった消費者が、電子交付については、契約書面等の意義や重要性を充分に理解したうえで、「納得づくの承諾」をすることが可能とは思えない。特に、高齢者及び社会的経験が不足する若年者等に関しては、たとえ自ら承諾欄にチェックを入れていたとしても、上記の点を充分に理解しないまま業者に慫慂され、チェックを入れてしまうことが、消費者被害の現場で頻繁にみられることである。

 したがって、「消費者の承諾を得た場合に限」っても、消費者保護の措置として極めて不十分なものといわざるを得ない。

 4 結論

 以上を踏まえ、当会は、特商法及び預託法が規定する概要書面及び契約書面の電子化を認める法改正に反対する。

2021 年(令和3年)2月26日

愛知県弁護士会

会長 山下 勇樹