現在、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」という。)の改正案が国会で審議されている。新型コロナウイルス感染症対策が、喫緊の課題であることはいうまでもないが、今回の改正案は、本来保護の対象となるべき感染者や事業者の基本的人権の擁護や適正手続の保障を欠き、罰則の威嚇をもってその権利を制約し、義務を課すものであって、この点において、当会は、これに強く反対する。

 まず、感染症法は、その前文において、「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として」、「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。」と法の趣旨を定めて、伝染病予防法等を廃止統合して制定された法律である。なにより感染症の患者等の人権を尊重するとされているところ、入院措置に応じない者等に懲役刑・罰金刑、積極的疫学調査に対して拒否・虚偽報告等をした者に対して罰金刑を導入する今回の改正案は、かかる感染症法の目的・制定経緯を無視し、感染者の基本的人権を軽視するものに他ならない。

 感染の広がりに対する不安から、感染したことを非難するがごとき不当な差別や偏見による人権侵害が生じている。このような事態のもとで、感染者等に対して刑罰を導入するとなれば、感染者等に対する差別偏見が一層助長され、さらに深刻な人権侵害を招来するおそれが高い。

 他方で、入院や調査を拒否したり、隠したりするだけで処罰されるおそれがあるとなれば、検査や受診を控えるなどして、かえって感染拡大を招くおそれが懸念される。

 さらに、入院措置が必要な対象患者や調査の範囲・内容は、医学的知見の進展などにより変化するし、保健所や医療提供の体制には地域差も存在するため、改正案の罰則の対象者の範囲は不明確かつ流動的であり、不公正・不公平な刑罰の適用のおそれも大きい。

 次に、特措法の改正案は、「まん延防止等重点措置」として都道府県知事が事業者に対して営業時間の変更等の措置を要請・命令することができ、命令に応じない場合は過料を科し、要請・命令したことを公表できるとしている。

 しかし、改正案上、その発動要件や命令内容が不明確であり、恣意的な運用のおそれがある。罰則等の適用に際し、営業時間の変更等の措置の命令に応じられない事業者の具体的事情が適切に考慮される保証はない。

 さらに、経営環境が極めて悪化し休業することもできない状況に苦しむ事業者に対して要請・命令がなされた場合には、当該事業者や家族、従業員の暮らしはもちろん、命さえ奪いかねない深刻な結果を招きかねない。かかる要請・命令を出す場合には、憲法の求める「正当な補償」となる対象事業者への必要かつ十分な補償が必要であり、その内容が改正案成立と同時に明らかにされなければならない。

 また、不用意な要請・命令及び公表は、感染症法改正案と同様、いたずらに風評被害や偏見差別を生み、事業者の名誉やプライバシー権や営業の自由などを侵害するおそれがある。

 現在、新型コロナウイスル感染症のために入院が必要となった場合にも入院できないまま死亡した例、新型コロナウイルス感染症でない救急患者が速やかに受診できずに死亡した例が報告されている。今、新型コロナウイルス感染症対策として求められることは、政府・自治体、市民が互いに信頼し、手を携えて、感染蔓延を阻止するとともに、医療提供体制を整備することであり、感染防止上必要があれば、事業者への正当な補償のうえで休業を要請することである。罰則の導入の必要はない。

 以上の観点から、当会は、上記の罰則等を定める感染症法及び特措法の改正法案に対して、強く反対する。

2021年(令和3年)1月27日  

愛知県弁護士会       

会 長  山 下 勇 樹