2020年12月15日臨時総会決議

 賛成581、反対38、棄権4、同日時点の会員数2035名

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死刑制度の廃止を求める決議

決議の趣旨

 愛知県弁護士会は、国に対し、死刑確定者に対する死刑の執行を直ちに停止し、速やかに死刑制度を廃止することを求める。

決議の理由

第1 はじめに

 我が国では、1993年に死刑執行が再開され、以後毎年のように執行が継続されており、殊に2018年は15人という多数の執行がなされた。2020年10月までの28年間の合計執行数は130人にもなる。その中で当会は、2003年以降、死刑執行の都度、執行への抗議とともに死刑執行停止を求める会長声明を発してきた。その理由は、死刑がかけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であり、死刑の廃止は国際的な趨勢であり、えん罪・誤判で執行されてしまったら取り返しがつかないなどの点にある。

 死刑制度が抱える重大な問題性や国際的な死刑廃止への潮流に鑑み、日本弁護士連合会は、2016年10月7日、福井市で開催された人権擁護大会において、死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言を採択し、2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであるとした。当会としても、このような問題のある死刑制度について、直ちに死刑執行を停止するとともに、速やかに制度自体が廃止されなければならないと考える。詳細は以下のとおりである。

第2 深刻な人権侵害

 死刑制度は、かけがえのない生命を奪う非人道的なものである(憲法13条)。生命は、身体の自由、表現の自由等の全ての利益が帰属する主体の存在そのものであり、この生命を法の名において奪う死刑は、深刻な人権侵害である。刑罰を科して殺人を禁止し、国民に対して生命の尊重を求めながら、法が自ら人の生命を奪うことを認めるということは許されるのであろうか。そのような死刑を認めなければ、我が国の治安を維持できないのであろうか。

 我が国における殺人(未遂・予備を含む)の認知件数は、1954年の3081件をピークとして減り続け、2013年には1000件を下回り、2018年の認知件数は915件(そのうち死亡人数は334人)である。人口10万人あたりの殺人発生率は、1990年の0.54から2018年には0.26と半減し、我が国は、世界でもトップレベルの安全な国となった。

 死刑廃止国も1950年当時の8か国から2020年には142か国となり、我が国よりも治安が良いとは言えない国を含めて、世界の7割以上の国が死刑を廃止している。我が国は、もはや、死刑を必要とする状況にはない。

 特に、少年は、その成育環境の影響を強く受けており、重大な少年の犯罪については、深刻な虐待を受け、悲惨な恵まれない境遇の中で育ち、年齢相応の精神的成熟を妨げられている事例が極めて多い。そうした少年に、犯した犯罪のすべての責任を負わせて死刑に処することは、刑事司法の在り方として公正ではない。子どもの権利条約第6条では「すべての児童が生命に対する固有の権利を有する」と規定されており、同条約前文が引用する少年司法の運営のための国連最低基準規則(北京ルール、1985年9月国連犯罪防止会議採択、同年11月国連総会承認)17-2は、少年の年齢を区別することなく「死刑は、少年が行ったどのような犯罪に対しても、これを課してはならない」と規定している。犯罪時20歳未満の少年に対する死刑の適用は、直ちに廃止すべきである。

 

第3 誤判・えん罪と死刑制度

 我が国では、1980年代に死刑確定者に対する4件の再審・無罪判決が出された(免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件)。

 そして、名古屋高等裁判所では、2005年、死刑確定者である奥西勝氏に再審開始決定が出され(名張事件)、静岡地方裁判所でも、2014年に、死刑確定者である袴田巌氏に再審開始決定が出された(袴田事件)。しかし、いずれも検察官の不服申立てによって、その後、取消されている。

 名張事件は、1961年に三重県名張市で発生した殺人事件であり、第1審の津地方裁判所では無罪判決であったが、検察官控訴によって名古屋高等裁判所で逆転死刑判決が言い渡され、最高裁で確定した事件である。その後の粘り強い闘いの中で、有力な新証拠を提出したことによる再審開始決定であったが、検察官の異議申立てにより、同じような証拠状況であるにも関わらず、同じ高裁の別の裁判部で取り消されてしまった。その後、奥西氏は無念の内に獄中死を遂げ、今は、同氏の妹による死後再審が闘われている。当会は、えん罪事件である、この名張事件の再審の闘いを支援している。

 そして、犯人性についての誤判だけでなく、責任能力に問題があり無罪あるいは減刑されるべき事案であるのに死刑になっている事例、本来無期刑になるべき事案であるにもかかわらず死刑になっている事例、第1審と控訴審とで証拠にさほどの差がないにもかかわらず、死刑と無期懲役との量刑判断が分かれる事例など、公平平等の観点から、現行死刑制度は極めて多くの問題を抱えている。命を奪う死刑と、命を永らえる無期刑との間には、超え難い隔絶があるにもかかわらず、裁判官いかんによってその判断が分かれる。死刑制度が持っている、根本的な矛盾である。

 我が国の刑事司法制度は、捜査段階では代用刑事施設に身柄を拘束された上、長期間の取調べで自白が強要されてきた。また、再審請求段階では証拠開示制度が存在しない、無罪判決や再審開始決定については検察官による不服申立てが許容されるなど、多くの制度的な問題を抱えている。これらが、量刑を含めた誤判・えん罪が発生し、また再審制度が有効に機能しない重大な原因となっている。そして、刑事司法を人間が運用している以上、誤りの発生は避けられない。したがって、死刑制度を存置する限り、誤判・えん罪による死刑判決とその執行は避けることができない。こうした正義に反する状況を許容するのが死刑制度である。

第4 死刑の犯罪抑止力

 死刑に、無期刑などの刑罰と比較して、凶悪犯罪に対する特別な抑止力が認められるか否かについては、長い間論争されてきた。

 ところで、現在死刑廃止国が増加しているが、1981年に死刑を廃止したフランスでは、死刑廃止前後で殺人発生率に大きな変化は見られず、また韓国では、1997年12月に1日で23人の死刑執行を最後として、その後現在まで執行はされていないが、死刑執行を停止した前後で殺人発生率に違いがなかった旨の調査報告がなされている。我々は、世界の死刑廃止国のすべてを調査できているわけではないが、死刑廃止の結果、凶悪犯罪が有意に増加したという報告は聞いていない。

 さらに、国連の委託により、「死刑と殺人発生率の関係」に関する研究がたびたび実施されている。2002年の調査では、「死刑が終身刑よりも大きな抑止力を持つことを科学的に裏付ける研究はない。そのような裏付けが近々得られる可能性はない。抑止力仮説を積極的に支持する証拠は見つかっていない。」との結論が出されている。

 また、我々の刑事弁護の実務経験からして、殺人などの凶悪犯罪を遂行しようとする者が、死刑制度が存在するが故に犯行を思い留まるというようなことは、ほとんどない。

 以上のとおり、少なくとも、無期刑などの刑罰と比較して、死刑に特有の犯罪抑止力が存在するという事実は証明されていない。死刑の犯罪抑止力を根拠として、死刑制度の存続を主張する意見は、説得力を欠くものと言わざるを得ない。

第5 日本国憲法と死刑

 1948年(昭和23年)3月12日の最高裁大法廷判決は、憲法31条の反対解釈から、死刑制度が一般に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられないとしたが、補充意見の中で、「国家の文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和的社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定されるに違いない。」と述べている。

 ところで、憲法31条は、適正手続の保障のみならず、実体的適正の保障を規定した基本規定と解されている。そうすると、基本規定である憲法31条の原理である適正手続の保障や実体的適正の原理に反して科される刑罰が、憲法36条の残虐な刑罰に該当すると解すべきである。そのうち実体的適正の保障内容は、憲法13条以下の人権諸規定によって規定されるものである。

 そして、死刑制度は、誤判による死刑の可能性や死刑適用基準の不明確といった点において、適正手続の保障の観点から大きな問題がある。

 また、死刑制度は、実体的適正の原理にも違反するというべきである。すなわち、憲法13条は、生命権を最重要の権利として保障しており、国家といえども個人の生命を奪うことは許されない。もし、国が個人の生命を奪うことを正当化できる場合があるとすれば、他の生命権との矛盾・衝突、すなわち他の人の生命を奪うことを防止するという状況においてのみ許されるというべきである(人権の内在的制約)。しかし、「死刑囚に対し死刑を執行すること」により、他の人の生命が救われることはないので、実体的適正の原理から死刑制度を正当化することはできないと考えられる。また、死刑に無期刑とは異なる特別の犯罪抑止力があることは未だ証明されていないので、この点からも死刑制度は、正当化されないと考える。

 したがって、死刑は、憲法31条の理念である手続的および実体的適正に反する刑罰であり、かつ、憲法36条が禁止する残虐な刑罰に該当すると考えるべきものである。

第6 犯罪被害者遺族の心情と死刑

 凶悪な殺人事件などにおいては、多くの被害者遺族が、加害者の死による償いを求めており、そうした気持ちを持つことは自然なことである。また、犯罪被害者等の刑事手続への参加制度などを通じて、被害者ないしその遺族の被害感情が、判決の量刑に相当程度反映されることも当然である。

 そして、刑事裁判手続の場面だけではなく、被害者ないしその遺族の生活を支えること、継続的な支援を行うことは、死刑制度の存廃がどうであれ必要とされる事柄であり、犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられるべきである。我々弁護士は、そのために努力すべきである。

 そのうえで、前述のとおり死刑制度を維持することにより重大な矛盾や問題が生じていることを踏まえ、刑罰制度としての死刑の存廃を議論するときには、犯罪被害者等の心情とともに、多くの要素を総合的かつ多面的に考慮して結論を出すべき問題であると考える。

第7 国内世論と死刑

 2019年の内閣府の世論調査によれば、「死刑もやむを得ない」という意見が8割に上る。しかし、死刑存置の考え方の人の中には、「状況が変われば、将来的に死刑を廃止してもよい」という意見が4割存在しており、「将来も死刑を廃止しない」という意見は、死刑存置派の中の5割強である。調査対象の全体人数のなかでは、将来にわたって死刑を維持すべきであるという考えの人は、4割強にとどまる。したがって、世論も、将来にわたっての死刑存置を圧倒的に支持しているとまではいえない。

 現在の日本においては、死刑の実態に関する情報開示は著しく制限されている。しかし、情報開示を進め、広く議論することにより世論も変わる可能性があると考える。当会は、死刑に関する情報開示を追求するとともに、犯罪状況に関する客観的な資料を提供し、諸外国の死刑廃止後の実情を説明するなどして、死刑制度に関する議論を提起し、死刑制度廃止のために国内世論を変えるべく努力していく必要がある。

第8 死刑の代替刑

 上記の2019年の内閣府の世論調査によれば、「仮釈放のない『終身刑』が新たに導入されるならば」という条件の下における死刑存廃の可否が調査されている。それによると、「死刑を廃止する方がよい」とする意見が3割5分に増加し、「死刑を廃止しないほうがよい」という意見が約5割に減少する。

 こうした調査結果をふまえると、死刑廃止に対する国民の不安に応えるためには、死刑に代わる最高刑として、仮釈放のない終身刑などの代替刑を導入することも検討すべきである。

第9 死刑廃止の国際的潮流

 死刑制度を廃止する国は毎年増加し、2020年現在、事実上の廃止国も含め死刑廃止国は142か国となり、世界の7割以上の国が死刑を廃止した。他方、死刑存置国は、現在では世界で3割を下回る56か国である。そして、我が国を含む先進国グループである経済協力開発機構(OECD)加盟37か国で死刑が制度として残る国は、日本、韓国、米国の3か国のみである。このうち、韓国は20年以上死刑執行をしていない事実上の死刑廃止国であり、米国は、22州が死刑を廃止し、他に4州が事実上の死刑廃止州であり、2018年に死刑を執行したのは8州にとどまる。欧州連合(EU)は、死刑廃止をその加盟要件としている。死刑廃止は、1948年の世界人権宣言以来、多くの努力により国際的潮流となっているのである。

 我が国は、国連総会決議において死刑執行停止を求められており、国際人権(自由権)規約委員会からも、死刑廃止を求められているのであって、死刑制度を維持することによって、世界における日本の評価を低下させている。

第10 最後に

 今も、名古屋拘置所には十数名の死刑確定者が収容され、執行の恐怖に曝されており、死刑求刑、死刑判決に直面している被告人も死刑制度と闘っている。いずれの場合も、主に当会所属の弁護士が弁護人となっている。

 このような中で、当会が、直ちに死刑執行が停止されるとともに、速やかに死刑制度自体が廃止されなければならないとする決議をすることは、極めて大きな意義を有する。そのうえで、当会は、死刑の廃止実現に向けて運動を進めていくべきである。

2020年12月15日    

 愛知県弁護士会       

会 長  山 下 勇 樹