2020年10月29日、法制審議会は、18歳又は19歳の者の被疑事件は、全件を家庭裁判所に送致しなければならないとしながらも、いわゆる原則逆送事件の範囲を拡大するなど厳罰化を進める改正案を答申した(以下「答申」という)。

 法制審議会の審議過程において、少年法の適用年齢引下げ論に対しては、少年処遇の現場その他各方面から多数の反対意見が出された。答申は、原則逆送事件の範囲を拡大しているほか、ぐ犯による保護を廃止し、推知報道を許容するなど、形を変えた適用年齢引下げ案ともいえる改正案を示している点で多くの問題がある。以下、主な問題点を指摘する。

⒈ 原則逆送事件の範囲を拡大している点

答申は、18歳及び19歳の者について「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在である」と位置づけ、全件家裁送致としつつ、犯罪事実(非行事実)を重視して刑事処分を適用する原則逆送の範囲を拡大し、さらに「刑事処分」と「少年法上の処分」はその目的も、質も異なるにもかかわらず、両処分について、犯罪行為に関する刑事法上の行為責任主義に基づき、犯行の動機、態様及び結果、犯行後の情況といった犯罪行為の軽重と、犯情により判断する立場をとるものと解される。18歳及び19歳の者の非行に対する責任主義と少年法の目的たる保護主義との関係について答申の説明は曖昧であり、少年法制との整合性に矛盾があると言わざるを得ない。

そもそも、少年法1条の健全育成の理念は、非行を少年の成長過程に生じた問題として捉える非行観に立つ。それは、少年の成育史におけるいじめ、虐待、不適切な扱いなど少年が受けた心の傷、少年が非行に至った原因やその背景について、人間科学的知見を活用して解明し、少年と非行を包括的に理解した上で、科学的かつ合理的根拠ある個別的処遇を決定するものである。そして、その処遇の過程において、少年に自己が抱える問題と向き合わせ、非行がもたらした被害に対する理解と内省を少年に促し、償いの実践を援助するのである。このように、少年の人間的成長を促す司法ソーシャルワーク機能が先進的に活用され得ることが、少年法制の基本的特徴であるにもかかわらず、答申は、18歳及び19歳の者からこのような援助を受ける機会を奪うものといえる。

⒉ ぐ犯による保護を廃止する点

答申は、罪を犯した18歳及び19歳の者を対象とし、ぐ犯を廃止することとした。これも刑事法上の行為責任主義の観点によるものである。

ぐ犯は、特に社会的に弱い立場にある少年を、その環境に強く影響され、犯罪、非行に陥る危険に晒された状態から保護することによって不幸な犯罪事件を防止すベく、保護処分の対象として定められた非行類型である。答申のぐ犯廃止は、寄る辺なき境遇のもとで主体性を失った被害者の立場にありながら、犯罪の加害行為に巻き込まれる危険に晒された少年を切り捨てることにもなりかねない。ぐ犯による保護から漏れた少年の薬物依存の深刻化、少年が未成熟な親となって子の虐待に至るケースが現実に生じているのである。答申は、附帯事項として、行政や福祉の分野における各種支援について充実した取組みを行うと述べるけれども、社会的に弱い立場に置かれている少年が、自ら支援を求めること自体が困難である実態を直視すべきである。

⒊ 推知報道を許容する点

答申は、18歳又は19歳のときに罪を犯した者について、当該罪により公判請求された場合には推知報道の禁止が及ばないとした。

著しく高度になった情報社会において、成長発達途上の少年にかかる推知報道の解禁は、少年が社会復帰し、良い人間関係に支えられ自分らしく生きる可能性を厳しく分断する論理である。その分断こそが、少年自身とその周囲に対して再犯の不安を広げるという社会的矛盾を生んでいる。推知報道が少年の凶悪事件を防止するという実証的根拠はなく、むしろ、社会の一時的な興味関心の対象となることと引き換えに失われるものは極めて大きい。さらに、推知報道を許容すれば、刑事裁判の審理の結果、保護処分相当として少年法55条により家庭裁判所へ移送したとしても、少年の実名など情報が既に広く知られているがゆえに保護処分の目的が達成できないのではないかという疑念を抱かざるを得ない。

⒋ 不定期刑の適用を除外する点

答申は、18歳及び19歳の者の刑事裁判について不定期刑の適用を除外することとした。これは、18歳及び19歳の者を「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在」とした前提と矛盾しており、合理的理由を見出しがたい。

⒌ 結語~あるべき少年司法

少年司法に必要とされているのは、少年法の理念に基づく科学的な司法ソーシャルワークの一層の充実とその推進である。刑事裁判においても、量刑判断の科学化が、刑事処遇において、受刑者の円滑な社会復帰と再犯防止のための司法ソーシャルワーク的援助の必要性が指摘されている。 

2020年9月にユニセフ(国連児童基金)が公表した世界の子どもの幸福度に関する調査報告によれば「精神的な幸福度」(生活の満足度と自殺率の高さを指標にした項目)で、OECD諸国など38カ国の調査対象国のなかで、日本は下から2番目の37位である。これには日本の子どもの自殺率の高さと生活の満足度の低さが影響している。犯罪非行が近年著しく減少している一方で、非行に陥る境界も曖昧化した社会状況で、どの子どもにも非行の可能性がある。青少年の生きづらさを示すわが国の状況下においては、厳罰、必罰による犯罪の取締強化ではなく、司法ソーシャルワークの推進による、青少年が安心して参加できる居場所の広がりこそが非行予防と再非行防止のために求められている。答申の少年法改正論は、非行に陥る少年の社会からの分断を招く論理であり、時代の要請に逆行していると言わざるを得ない。

国連子どもの権利委員会2019年「子ども司法制度における子どもの権利についての一般的意見24号」においては、「32.委員会は、・・18歳以上の者に対する子どもの司法制度の適用を認めている締約国を称賛する。このアプローチは、脳の発達は20代前半まで続くことを示す発達科学上および神経科学上のエビデンスに則ったものである。」とする。まさに、わが国の少年法は世界的レベルにおいても高く評価されるものであるにもかかわらず、答申の少年法改正案は、この高い文化的評価にも背くものである。

よって、当会は、答申の少年法改正案に対し強く反対の意見を述べる。

2020年(令和2年)11月18日      

愛知県弁護士会           

 会 長  山 下 勇 樹