子どもは権利の主体であり、大人は子どもにかかわるすべての活動において、子どもの最善の利益を第一に考慮しなければなりません(子どもの権利条約3条、1994年批准)。しかし、新型コロナウイルス感染拡大という非常事態において、子どもたちの権利を置き去りにした施策、対応がなされています。この傾向は世界的に認められ、国連・子どもの権利委員会も、2020年4月8日に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する声明」を出し、子どもの権利を保護するよう求めました。よって、以下の諸点に留意し、適切な対応と施策を求めます。

1 小学・中学・高校生の子どもたちの権利保障

 2020年2月27日に発せられた3月2日からの全国一斉休校要請は、子どもたちに対する十分な説明も、学校教育現場における十分な準備もないまま、子どもの学校で学ぶ権利を制限することになりました。

 学校は多くの子どもたちにとって生活の大半を占める学びの場であり、その学びや育ちの主体は子どもです。しかし、この一斉休校要請により、今、学齢期及び高校生の子どもたちの生活環境は一変し、子どもたちに深刻な身体的及び心理的影響を与えています。

(1)意見表明の権利について

 子どもには、子どもに影響を及ぼすすべての事柄について自由に自己の見解を表明する意見表明権があります(子どもの権利条約12条)。この意見表明権の保障は、子どもが必要な情報を適切に与えられた上で、自己の見解を形成し、それを表明し、受け止めてもらう一連の過程の保障です。しかし、今回、学校での学びの主体であるはずの子どもたちは、休校という大きな影響を受ける事柄について、責任ある大人からの十分な説明を受けることも、意見を表明する機会を与えられることもなく、突然、学校という生活の場を奪われることになりました。その後の学校再開について高校生が意見を表明したことがありましたが、多くの子どもたちには、意見表明権の保障が十分ではありません。

まずは、子どもたちに対し、現状の説明を行い、子どもたちがその成長発達段階に応じて様々な思いや意見を表明することができる方法や機会を設け、子どもたちの声に耳を傾けるべきです。

(2)生きる権利(虐待から保護される権利)について

 子どもには、生きる権利、虐待から保護される権利(同6条、19条)があります。しかし、一斉休校及びその後の自宅待機の要請がなされたことで、学校や地域、病院等で子どもたちの安全を見守る機会が減少しています。

 閉鎖的な環境で、子どもも保護者も強いストレス下におかれ、元々虐待リスクが高かった家庭の子どもは、被害の深刻化が懸念され、生きる権利が侵害される可能性が高い状況にあります。また、これまで虐待リスクがなかった家庭でも、虐待リスクが上昇していることが予想されます。2020年4月10日、文部科学省が休校中の児童生徒の学習指導の取扱いについて、家庭学習を課し、その学習状況や成果を学校における学習評価に反映することができるなどとする旨の通知を全国の自治体に発出しましたが、これにより「勉強をさせなくてはならない」という家庭内での緊迫した状況がいっそう高まっていることも予想されます。

保護者と同じ閉鎖的環境にいる以上、子どもたちは家庭の外にSOSを出すことも困難です。現に子ども向け電話相談は相談件数が減少しているところもあります。虐待対応の強化と子ども自身がSOSを出せる環境の確立を早急に行うとともに、子どもが安心して生活できる環境を整えることが必要です。

(3)教育を受ける権利について

 子どもは学びの主体であり、教育を受ける権利があります(同28条、29条)。しかし、突然の一斉休校要請による学校現場の混乱の中、多くの子どもたちが学校で教育を受けることができなくなりました。その後、対策が少しずつなされていますが、家庭に委ねる部分が大きく、どのような家庭の子どもでも一定水準の教育を受ける権利が保障されているとは到底言えません。他方、私立学校や私塾では、早い時期からオンライン学習が行われています。教育の機会や質の格差が広がる中、オンラインでの学習が困難であったり、保護者が適切に教育に配慮することが難しかったりなど、家庭内で勉強ができる環境にない子どもの教育を受ける権利が置き去りにされています。

 教育を受ける権利は、一律の方法で保障できるものではありません。一斉休校になったことで問題が表出しましたが、これまでも不登校・一時保護中・入院中の子どもなど、学校に行けない子どもの教育を受ける権利の保障は十分ではありませんでした。

 子どもの学びは、その主体にあわせて様々な形があり、国や自治体は、オンライン学習等の学習環境を整えるだけではなく、その様な学習環境で対応することが困難あるいは適切でない場合には、プリントでの授業、少人数での対面授業など様々な方法を組み合わせて教育を受ける権利をすべての子どもに保障する必要があります。また、地域での感染状況、学校規模によって、保障の方法は様々であるべきです。今回の休校の経験を教訓として、各学校が、目の前にいる子どもに応じて最善の選択ができるよう予算措置がなされる必要があります。

(4)学校再開にあたっての子どもの最善の利益の保障について

子どもにかかわるすべての活動において、子どもの最善の利益が第一次的に考慮されます(同3条)。学校再開にあたっては、長期間の休校が子どもたちの心身に与えた影響を考慮することが必要です。単に学力の遅れを取り戻すという指導ではなく、まず新型コロナウイルス感染拡大に対して医療従事者等人々が協力しあって取り組んでいる社会の姿を伝え、学校が子どもたちにとって安心、安全を保障されて互いの人間関係を築いていくことができる居場所と感じられる教育上の配慮を尽くすべきです。他方、感染に対する偏見、差別の誤った知識によるいじめが発生する危険にも十分配慮すべきです。

登校再開に向けては、学力の遅れを取り戻すことばかりが重視されることによって、学校再開に際して、不安などから学校へ行けない子どもも相当多数存在することが見落とされてはならず、学校再開の決定がそれらの子どもにとって登校を強制するものにならないよう、子どもの気持ち、意見表明を尊重することについて配慮されるべきです。

(5)休む権利・遊ぶ権利・芸術的活動を行う権利について

 子どもには、休む権利、遊ぶ権利、芸術的活動を行う権利もその発達に必要不可欠な権利として保障されています(同31条)。しかしながら、子どもたちが公園で遊んでいると注意されたり、公園や遊具の使用が禁止されたりしている地域もあります。子ども食堂や児童館、図書館など子どもの居場所が閉鎖され、子どもが安心して遊び、休み、活動を行う場所が失われています。子どもたちの要望や意見を聴き、感染防止、安全確保に配慮しながら、これらの権利を最大限保障する配慮が必要です。

(6)障害のある子どもの権利について

 日常とは異なる状況や見通しの立たない状況への対応が困難となる障害のある子どもたちもいます。また、学校や放課後デイサービス等の居場所やショートステイが利用できなくなったことで、保護者にかかる負担や不安も増加しています。障害のある子どもに対しても当然に上記各権利が保障され、安心して過ごすことができるよう、特別な配慮が必要です。

2 未就学児の権利保障

 声を上げることができない未就学児の生きる権利、育つ権利が保障されるためには、安心して育児ができる環境が必要です。虐待死及び虐待での重症例において0歳児の割合は最も高く、虐待死防止のため妊娠期からの支援の必要性が指摘されています。

妊娠期の母親父親教室の開催が中止になり、出産後の保健師訪問や訪問看護も自粛され、特に乳児を育てる親が孤立していることによって、子どもの生きる権利・育つ権利が侵害される危険性が高まることは問題です。

3 保護者と離れて生活している子どもたちの権利保障

(1)虐待等の事情で親から離れて暮らす子どもたちの権利保障

 虐待や不適切養育を受け、児童相談所や民間支援団体の関与なく、保護者から逃げて暮らす子どもがいます。このような子どもが特別定額給付金を受け取る方策はありません。また、児童養護施設等を退所した子どもの中には、新型コロナウイルス感染拡大の影響によりアルバイト先を失い、学費はおろか、日々の生活費にも困窮する子どもがいます。弁護士が支援している子どももいれば、頼る大人もない中で生活をしている子どももいます。このような子どもは、経済的に非常に困窮しており、真っ先に権利を保障されるべき子どもです。特別定額給付金のみならず、中長期的な生活の支援が必要です。

(2)施設等に入所中の子どもたちの権利保障

 子どもには、保護者や自分に関わる大人と会う権利があります。児童福祉施設等に入所中の子ども、入院中の子ども等の中には、感染拡大防止を理由にそれまで日常的に行われていた親族や未成年後見人らとの面会を制限されている子どもがいます。非日常の生活の中で、信頼できる大人との面会を制限されることが子どもの育ちに与える影響は重大です。電話やweb面会を利用する等、別の手段での面会を行う配慮を早急に求めます。

4 以上のとおり、子どもたちの権利がさまざまな場面で置き去りにされています。子どもは権利の主体です。国や自治体に対しては、子どもたちに説明し、子どもたちの思いや意見に耳を傾け、子どもの最善の利益の保障のための対策を緊急に行うことを強く求めます。

当会としても、子どもの人権相談の継続的実施や、本年4月27日から実施している無料電話相談におけるDV・子どもの専門相談枠での対応により、子どもの意見に耳を傾け、子どもの権利保障に取り組んでまいります。

以 上

2020年(令和2年)5月15日 

愛知県弁護士会       

 会 長  山 下 勇 樹