東京地方検察庁の検察官らは、本年1月29日、刑事被告人の元弁護人らの法律事務所に対し、元弁護人らが事前に押収拒絶権を行使して捜索を拒否する意思を明示していたにもかかわらず、この法律事務所に立ち入って捜索を強行した。その際、検察官らは施錠中のドアを解錠して法律事務所に立ち入ったうえ、事務所内の会議室の錠を破壊する等の実力を行使したほか、事件記録等が置かれている弁護士らの執務室内をビデオ撮影し、元弁護人らが繰り返し退去を求めたにもかかわらず、長時間にわたり事務所から立ち退かなかった。

 弁護士は、業務上委託を受けたため保管し又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、秘密の利益主体である本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合等を除き、押収を拒絶することができると規定されている(刑事訴訟法第222条1項によって準用される同法第105条)。この権利は、個人の秘密を打ち明けてもらわなければ行うことができない社会的に重要な業務に従事する弁護士に押収拒絶権を与えることで、人々が安心して弁護士に委託することができ、弁護士業務が円滑に遂行されることで、人々が十分に弁護士業務による便益を受けられるようにしようとする趣旨で保障されたもので、この権利行使の限度では真実究明が犠牲になったとしてもやむを得ないとするものである。そして、秘密に関する物に当たるか否かの判断は、押収拒絶権者たる弁護士の専権に属するものと解されている。

 ことに被告人には、公平、公正な裁判が保障されなければならず、当事者対等の原則からも刑事弁護人との打合せ等の連絡・交通の秘密性、秘密交通権が保障されている(自由権規約14条3項(b)、同規約条約機関の一般的意見13(21)9項、同一般的意見32・34項、刑事訴訟法39条1項)。裁判の他方当事者である捜査機関など国家機関からの秘密性が保護された状態で被告人と弁護人とが打合せ等の連絡を行うことができなければ、当事者対等の原則が失われ、被告人が十分に弁護人からの援助を受け適切に防御することは困難となる。弁護人の押収拒絶権もかかる被告人の秘密交通権を保護するうえで極めて重要な意義を有する権利である。

 したがって、押収を拒絶された物を押収する代わりに、捜索を利用して押収拒絶物を閲覧するなどして押収したのと同じ効果を狙うことは、秘密交通権、押収拒絶権を保障した法の趣旨を没却し、潜脱するものであり、弁護士があらかじめ押収拒絶権を行使する意思を明示しているにもかかわらず捜索を行うことは、権利の濫用と認められる場合を除き違法であり、到底許されない。

 以上のような押収拒絶権を保障した法の趣旨に照らし、今回の検察官らの上記行為が違法であることは明らかである。かような強権的な捜査が許されることになれば、弁護活動に不当な萎縮効果をもたらすことになるのは明白である。

 そして、令状審査に当たる裁判官は、被告人の秘密交通権、弁護士の押収拒絶権の趣旨を考慮し、弁護人や元弁護人である弁護士の法律事務所等の捜索差押えの必要性の審査は、極めて慎重かつ厳格に行うべきである。

 今回の捜索差押許可状を発付した裁判官は、そのような極めて慎重かつ厳格に行うべき必要性の審査を怠り安易に令状を発付したとの非難を免れない。

 当会は、今回の検察官らの明白な違法行為と裁判官による安易な令状発付に対して強く抗議し、今後同様の事態を再び招くことのないよう強く求めるものである。

2020(令和2)年3月17日

愛知県弁護士会 

 会長 鈴木 典行