意見の趣旨

1 少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることに反対します。

2 少年の「健全育成」の基本理念に基づき、少年法制のもとで積み上げられてきた科学的調査及び保護処分の実績に関する総合的な調査研究を活用した青少年の非行防止と再犯防止のための総合的な施策を求めます。

意見の理由

1 はじめに

 わが国は、現行憲法に基づき制定された保護主義を基本理念とする少年法のもとで、70年にわたって、世界のなかでも奇跡と言われるほど少年非行を減少させてきました。これに異論を挟む余地はありません。わが国は、少年の健全育成(成長発達の権利保障)を期し、非行の原因を人間諸科学の知見に基づいて調査し(社会調査、少年法9条)、その科学的調査に基づく科学的で合理的根拠のある保護処分による教育と、環境調整のソーシャルワーク的援助によって少年の成長発達の権利を保障し、非行の問題を解決する実績を積み重ねてきました(少年法1条の基本理念)。

 少年の健全育成という基本理念は、少年非行について、子どもの育ちの過程に生じた問題であると観る「非行観」に立つことを意味します。非行に至る過程における虐待、いじめ、差別その他さまざまな不適切な扱いを受けた者でもあるという側面に着目し、非行に対する社会の苛酷な非難や排斥、偏見をふせぎ、その成長発達の権利を保障する教育、治療、環境調整という科学的知見に基づく司法ソーシャルワーク機能を重視します。この見地により非行のくり返しの不幸から少年を守り、犯罪の危険から社会を守ることをめざしているのです。ここで「少年を守り」という意味は、決して甘やかすという意味ではありません。保護処分においては、非行を犯した少年に対する教育的な働きかけによって、自らの行為の意味を理解させ、過去の生活態度と正面から向き合わせ、さらに被害者の悲しみや苦しみにも向き合わせるなどしながら、再び非行に及ぶことのないように立ち直りを目指します。施設処遇としての少年院は、一定期間自由を拘束し24時間態勢で少年を更生させる働きかけを行う施設であり、そこでの生活は全て教育・指導の一環であって、少年自身には常に自己変革が要求されています。これは、ほとんどの時間が刑務作業や生活時間に費やされる成人の刑務所よりもある意味で厳しい処分であるといえます。

 これに対し、現在検討されている少年法改正案[1]は、18歳、19歳の年長少年に対して保護処分優先主義を放棄して刑罰主義を採用しようとするもので、わが国の少年法制のもとで築かれてきた健全育成という少年処遇の文化を根底からくつがえし、厳罰主義にもどろうとするものです。それは社会に何ら利益を生むものではないと言わなければならず、強く反対します。また、少年法のもとで積み上げられてきた実績についての調査研究結果は、非行防止及び再犯防止に役立つものであって、総合的な施策が求められます。その理由を以下に項目に分けて説明します。

2 現行少年法制の意義~保護処分優先主義、個別処遇原理の効果

 わが国は、少年法を制定し、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して保護処分を行うとともに、少年の刑事事件については特別な措置を講じています。単に非行を理由として刑罰を加えることにより犯罪を抑止しようとするのではなく、非行の軽重を問わず、すべての少年事件を家庭裁判所に送致し(全件送致主義)、非行に陥った少年を保護処分による教育、治療、環境調整によって更生させ、円滑に社会復帰させようとする制度を採用しています(保護処分優先主義)。それゆえ、性格や環境等の組み合わせにより千差万別な非行原因に応じて、その原因を除去するために一人ひとりの少年のニーズ(要保護性)に応じた個別処遇が基本原理となります。

 その個別処遇を支えているのが家庭裁判所の科学的調査(少年法9条)です。単に非行の結果の外形的軽重のみで処分を決めるのではなく、少年の成育史、成育環境、非行時の精神状態や心理状態等の科学的調査に基づいて少年を理解し、非行の原因、背景を解明し、科学的合理的根拠のある個別処遇を導き出しています。この点において、保護処分を決定する家庭裁判所の調査、審判は、非行の原因となる問題の解決をめざす問題解決型司法というべきものであり、犯罪行為に対する応報という観点の強い刑事裁判とは本質的に異なる面を持っています。

 このように、わが国の少年法制は、子どもの成長発達権を保障し、教育的福祉的援助を通じて非行の問題を解決し、一人ひとりの少年に対し、社会の一員として建設的な役割を担い、社会への参加を促すもので、近代民主主義社会の要請に応じるものです[2]

 また、少年法制には、個別処遇の必要に応じて児童福祉及び刑事司法と相互に交流できる制度も設けられています。子どもの成熟度などに照らし、健全育成のための必要に応じて児童相談所は児童を家庭裁判所に送致し(児童福祉法27条1項4号)、家庭裁判所は少年を児童相談所長、児童養護施設、児童自立支援施設に送致することができます(少年法18条1項、同24条1項2号)。また、家庭裁判所が刑事処分相当と認めた場合には検察官送致決定をし(少年法20条)、検察官は原則としてその決定に従い刑事裁判所に起訴することとされています(起訴強制)。他方、刑事裁判所が保護処分相当と判断した場合には、家庭裁判所へ移送し、保護処分を選択する途があります(少年法55条)。

 以上の現行少年法制の個別処遇を行う手厚い制度により、一人ひとりにあった処遇が選択され、それにより少年非行が減少するという効果が得られています。司法統計によれば、わが国において家庭裁判所が受理した少年の人数は、戦後のピークであった1966年(昭和41年)当時の109万人余から2016年(平成28年)の8万人余に減少しています。このうち殺人を犯したとされた少年の人数は1961年(昭和36年)に396人に達していたのが、2016年 では32人と減少しており、子ども人口10万人当たりの非行率も顕著に減少し続けています。また、2013年(平成25年)出所から2016年までの4年内刑務所再入率は、26歳未満出所者で29.9%に上るのに対し[3]、18歳以上の少年院出院者による再入率は12.0%と有意な差があります[4]。少年法制による保護処分優先主義、個別処遇原理による教育、治療、環境調整による再非行抑止の成果が出ていると考えます。18歳,19歳の年長少年について保護処分優先主義を放棄して刑罰主義を採用する法改正には、合理的な根拠が認められません。

3 18歳以上を少年法から除外する不合理さ
(1)改正論が、非行の問題を抱えた少年の実情を無視していること

 調査によれば、少年院収容者のうち、家庭等で虐待被害を受けた少年は61%に及び、とくに女子少年では70%を超えるとされています[5]

 また、少年院収容者のうち18歳以上の年長少年の占める割合は2016(平成28年)で約47%を占めています。第1種少年院、第2種少年院(犯罪的傾向が進んだ少年)、第3種少年院(医療少年院)のいずれにも年長少年が収容者の大きな割合を占め、そのなかには虐待被害を受けて深い心的外傷を抱えた少年が多く含まれていると思われます。

 児童精神医学の分野においては、子どもの発達障害、さまざまな精神障害に関する理解と教育の手法または治療に関する研究は、現在飛躍的に発展してきています。少年院においては、児童精神医学の研究結果などを前提として実施される家庭裁判所の科学的調査や精神鑑定の結果を踏まえて少年を理解し、適切な教育と支援を行ってきた実績が蓄積されつつあります。

 心的外傷などの問題を抱えた年長少年が少年法から除外されることになれば、家庭裁判所の科学的調査に基づく個別処遇がなされなくなる損失、加えて、少年院で経験が蓄積されてきた教育、治療が失われる損失が生じることになります。むしろ、蓄積された科学的調査や教育、治療方法がより有効に活用されるべきです。

 日本児童青年精神医学会は、少年非行の現在の問題状況を踏まえて、2016年に少年法適用年齢引下案に反対し、少年法適用年齢はむしろ引き上げるべきであるとの声明を発しています。

 世界的な潮流としても、近時、脳神経科学や心理学、精神医学の知見を受けて、人間の脳の成長は20代半ばまでは衝動性が高まったりする成熟、変化の過程であり、特別な配慮を要すると考えられるようになっています[6]

 これらは、生育過程でさまざまなハンディにより成長発達を妨げられ、社会に適応しづらく、生きづらさを抱える若者の現実を理解した専門家の意見として傾聴すべきです。そして、子どもの成長発達に関する前記のような科学的知見に基づく治療や福祉的ソーシャルワークの支援により現実に少年非行が防止され、再犯が防止されている可能性にも着目すべきです。

(2)問題解決型司法を目指す潮流に逆行すること

 世界に目を向ければ、成人の犯罪に対する刑事裁判においても、その犯罪の原因、背景における社会的弱者としての側面に着目し、司法ソーシャルワーク的援助を活用して犯罪のくり返しの不幸から犯罪行為者と被害者を守り、社会を守ることをめざす問題解決型司法という考え方が現れています。わが国においても、今日では、適切な福祉的援助を得られてこなかったために犯罪者となった障がい者や高齢者等に対し、単に刑罰を科すだけでは根本的な解決にならないことが指摘されています。

今日の司法において指向されているのは、問題解決のための個別的な処遇であり、現行少年法が理念とする保護処分優先主義、個別処遇の原理に通じるものです。わが国の少年法制は、司法ソーシャルワーク機能を先進的にとりいれ、一人ひとりの少年のニーズ(要保護性)に合った個別処遇を行う問題解決型司法として機能してきたのです。形式的に刑罰を科すことでは問題が解決しないことに社会が気づき、その根本にある問題を解決することにより個別の事件における被害者と加害者の対立を超えて、加害者の更生を図ることによって犯罪のくり返しの不幸から加害者及び被害者を守り、社会の安全を守ることの必要性が説かれているのです。今回の改正案は、保護処分優先主義を放棄して形式的な刑罰主義に戻るといわざるを得ず、社会の要請の潮流に逆行するものです。

(3)18歳以上の少年につき、検察官が刑事裁判の起訴か、不起訴・家庭裁判所送致を振り分ける不合理さ

 改正案の想定する「若年者に対する新たな処分」は、18歳、19歳の年長少年について、検察官が不起訴処分とした場合に、事件を家庭裁判所に送致して処分等を行うというものです。

 検察官の判断は、刑罰主義に立って、非行の結果の軽重如何が中心とならざるを得ず、家庭裁判所が行うような非行の原因、背景の科学的調査を通じて少年を理解し、科学的合理的根拠をもって個別的な処遇選択を行うことは事実上困難です。

 その結果、検察官の起訴・不起訴の判断は、当該少年の個別事情に十分に対応しきれるものとは認められず、たとえば、比較的軽微な非行という理由で不起訴処分を選択した場合には、問題を抱えた年長少年が必要な支援を受けられないまま、放置される危険もあります。

4 積み上げられた実践を施策に生かすべきこと

 前述したとおり、今日では、成人についても問題解決型司法、個別的な処遇が指向され始めましたが、もともと少年については、このような考え方に沿ったかたちで保護処分優先主義及び個別処遇原理により、非行は減少し、多くの少年が円滑に社会に復帰していきました。

 少年事件において積み上げられた実践には、罪を犯してしまった人の円滑な社会復帰、再犯防止に資するノウハウも含まれているはずです。

 そこで、少年非行における科学的調査及び保護処分の貴重な実績を再非行や再犯の防止に役立てるべく、家庭裁判所における調査及び処分並びに保護処分の実施に関する調査研究を行い、更にそれを活かして青少年の非行防止施策及び再犯防止施策を立案することができると考えます。なお、このことは成人についても円滑な社会復帰を促進するような司法ソーシャルワーク的援助などの施策の立案にも役立つ可能性がありえます。

 社会的に指向されている問題解決型司法を実践するため、年長少年に対して、これまで以上に有効な個別処遇を図ることができるよう、保護処分優先主義、個別処遇の原理を支える要となる家庭裁判所の科学的調査機能の充実が必要です。

 原則逆送規定(少年法20条2項本文)によって逆送される事案においても、同条2項但書が定める「刑事処分以外の措置」の可能性について十分に調査する必要があることは言うまでもありません。家庭裁判所においては、科学的調査機能のより一層の充実が図られるべきです。少年法が1949年に施行された当時、最高裁判所事務総局の初代家庭局長を務めた宇田川潤四郎判事は、家庭裁判所運営の指導理念として、家庭裁判所の独立的性格、民主的性格、科学的性格、教育的性格、社会的性格をあげ、少年事件の調査から審判までの手続は、少年に対する教育の手段、方法の発見であるとともに、調査および審判自体が教育でなければならないと、家庭裁判所職員にその自覚を促しました[7]。家庭裁判所には、その原点を踏まえ、科学的調査機能の充実が求められています。

5 少年法の理念を守り、そして施策にいかすべきこと

 以上に述べたように、少年の健全育成を期するという基本理念(少年法1条)は、少年の成長発達を支援することを通じて、非行の問題を解決していくことを意味しています。

 これまで70年にわたるわが国の少年法制の運用は、家庭裁判所などの関係機関のみならず、補導委託先など多くの市民の自発的協力と援助によって支えられてきました。そして、その温かな人の輪に出会って自立更生の道を歩むことができた少年は数知れず存在します。わが国の少年法制は、そのようにして市民に支えられ、子ども、若者の育ちを支えあう文化の中で運用されてきたのです。家庭裁判所の社会的性格もこれにつながることです。非行や非行のくり返しから子どもを守ることは、国、社会の責任であるという思想と文化があるのです。児童福祉法1条、2条、3条は、子どもの健全育成が国など社会の責任であることを明記していますが、この理念自体は同法の適用を受けない18歳以上の少年についても等しく当てはまるはずです。

 18歳以上を少年法から除外する改正論は、非行防止対策としても有害無益であるのみならず、少年法制の運用によって培われてきたわが国の大切な文化を打ち壊してしまうことになるのではないかと大きな疑問を持っています。

 少年法制のもとにおいて、子どもたちを非行から守り、非行のある少年を非行のくり返しの不幸から守り、不幸な事件における被害者・加害者の対立を超えて社会の安全を守る施策をいま冷静に考えることが大切であると思います。

 以上から、当会は意見の趣旨記載のとおり、意見を表明します。

  2019年(平成31年)3月29日

  愛知県弁護士会

  会長  木下 芳宣



[1] 法務省法制審議会少年法・刑事法部会において、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げたうえ、18歳、19歳の年長少年に対しては刑罰を原則とし、検察官はこれを不起訴処分とした場合には事件を家庭裁判所に送致して「若年者に対する新たな処分」を行う等の構想が検討されている

[2] 児童の権利に関する条約40条1項(少年司法)「当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことが促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。」

[3] 法務省矯正統計調査「再入受刑者の前刑出所時属性及び犯罪傾向の進度別再入状況」(2016年調査)

[4] 法務省法務総合研究所研究部報告「青少年の立ち直り(デシスタンス)に関する研究」(2018年3月)によれば、少年院出院時18歳以上の年長少年のうち、再入院したり刑事施設へ入所した者の割合は合計12.0%であった。

[5] 富田拓「児童精神医学の観点から『18歳問題』を考える」法政論叢2018年54巻1号

[6] 武内謙治「少年法日独比較:『適用年齢引下げ』について考える」世界の児童と母性81巻64頁。前掲富田拓論文

[7] 守屋克彦「少年の非行と教育」172頁・勁草書房1977年