2018年(平成30年)3月2日,「消費者契約法の一部を改正する法律案」(以下「本改正案」という。)が閣議決定され,国会に提出された。

 本改正案のうち,取り消しうる不当な勧誘行為及び無効となる不当な契約条項を追加するとともに,不利益事実の不告知の要件を緩和し,契約条項の作成及び消費者に対する情報の提供における事業者の努力義務を規定した点は,消費者契約法による消費者被害の防止及び救済の拡充に資するものとして評価することができ,今通常国会における成立を求める。

 しかしながら,本改正案には,内閣府消費者委員会2017年(平成29年)8月8日付答申書(消費者契約法の規律の在り方についての答申(府消委第196号)。以下「消費者委員会答申」という。)の高齢者・若年者を含めた幅広い年代において生じている消費者被害に対応するという趣旨や民法の成年年齢引下げにかかる議論を十分に踏まえていない点があると考える。そこで,本改正案の審議にあたっては,下記のとおり,消費者委員会答申の趣旨及び成年年齢引下げについて懸念される若年者の消費者被害の拡大防止の観点を十分に踏まえた所要の修正と措置がなされるべきである。

1 本改正案では,消費者が抱いている不安又は勧誘者に対する恋愛感情等につけ込んだ勧誘についての取消権(本改正案第4条第3項第3号及び第4号)を規定している。しかしながら,その対象は合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させるいわゆる「つけ込み型」勧誘による消費者被害のうち「不安をあおる」などの事業者の積極的な行為を要件とする一部の類型に限定されており,高齢者や若年者の判断力の不足等により言われるままに契約をしてしまう状況をそのまま利用して不必要な契約を締結させるような被害類型に対する手当は全くなされていない。

 また,政府は,2018年(平成30年)3月13日に民法の成年年齢を18歳に引き下げる「民法の一部を改正する法律案」を閣議決定し,国会に提出したが,本改正案の規定だけでは,成年年齢の引下げにより増加が懸念される若年者の消費者被害の限られた一部の類型にしか対応できず,被害防止・救済のための必要な手当がなされたとは到底いえない。成年年齢引き下げによる若年者の消費者被害の増加が懸念されることは,当会が2017年(平成29年)11月7日付「民法の成年年齢引下げに反対する意見書」(以下「当会成年年齢意見書」という。)において指摘しているところである。

 合理的な判断をすることができない事情を利用した勧誘行為により締結された契約を維持すべき理由はないのであり,消費者委員会答申が付言し,当会成年年齢意見書でも提言したとおり,「つけ込み型」勧誘の類型を広く救済できる消費者の取消権を規定すべきである。

2 本改正案で盛り込まれた不安や恋愛感情等につけ込んだ勧誘についての取消権の規定において,内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会における議論やこれを受けた消費者委員会答申にはなかった「社会生活上の経験が乏しいこと」との要件が付加された。しかしながら,これでは長年にわたって社会生活を送ってきた高齢者等の被害が対象から除外されかねない。また,被害者側にとって,事業者の認識についての立証責任が過大なものとなって実効性を損なう虞がある。消費者が抱いている不安等につけ込んで契約を締結させようとする行為は,それだけで不当性が高いものであり,消費者が不安等を抱いている原因により異なるものではない。したがって,この要件は削除されるべきである。

3 本改正案には,消費者の立証責任軽減のため消費者委員会答申が提言していた消費者契約法第9条第1号の「平均的な損害の額」についての推定規定の導入が盛り込まれていない。事業者に生ずる損害の額を算定するために必要な資料は事業者の元にあり,消費者や適格消費者団体がこれを主張・立証することは極めて困難が伴うことに照らせば,同条による消費者被害の防止と救済の実効性を確保するため,速やかに推定規定を導入するとともに,立証責任のあり方そのものについても今後,引き続き検討がなされるべきである。

4 また,消費者委員会答申が早急に検討すべき喫緊の課題として付言をした事項を始めとする消費者契約法の改正にかかる検討課題については,速やかに検討が進められるべきである。

                      2018年(平成30年)4月5日

                         愛知県弁護士会        

                             会 長 木 下 芳 宣