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ベトナム司法制度視察旅行
~急成長するベトナムの現在~
ベトナム司法制度視察旅行
~急成長するベトナムの現在~
会報「SOPHIA」令和7年3月号より
会員 永 井 康 之
1 はじめに
2月22日から27日まで、中弁連国際委員会の主催で、ベトナム司法制度視察旅行が実施された。
視察旅行メンバー(ハノイ人民裁判所)
2 JICA訪問
2月22日昼過ぎにハノイに到着した後、JICAの事務所を訪問し、長期専門家として現地で活躍する塚原正典会員からベトナムの法制度の概要や、これまでの法制度整備支援プロジェクトの経緯について説明を受けた。
塚原会員には今回の司法制度視察旅行の手配を行っていただいた。ベトナム憲法131条は「人民裁判所の裁判は、法律が規定する場合を除き、公開される」とする。ところが、実際には関係者以外がベトナムで裁判を傍聴するのは簡単ではなく、本視察の裁判傍聴も多くの調整を経て実現に至った。
3 ベトナム弁護士連合会
2月24日午前中、ベトナム弁護士連合会を訪問し、意見交換を行った。
当会の國田武二郎会員および金沢弁護士会の小蕎秀臣弁護士が技能実習制度により多くのベトナム人が中弁連管内で生活していることを指摘し、ベトナム弁護士連合会に対し、ベトナムの労働法制および技能実習制度問題に対する認識について質問した。
ベトナム弁護士連合会は、ベトナムでは労働法により1日8時間、週40時間の労働時間制限が課され、社会保険制度を設けていると説明した。他方、日本の労働者保護法制はベトナムよりも手厚く、日本での待遇も良いため、多くの若者が日本での就労を希望しているとのことだった。
4 法律事務所訪問
午後は2つの法律事務所を訪問した。
VIETTHINK法律事務所では、レ・ディン・ヴィン弁護士から、中立性と信頼性の高い仲裁が注目されていると説明があった。しかし、2010年ベトナム商事仲裁法68条2項(d)はベトナム法令の基本原則に反する仲裁判断を裁判所による取消の対象とする。法はベトナム法令の基本原則を定義していない。契約自由の原則との関係で当事者の合意に反する仲裁判断が取り消される可能性もあって、仲裁判断の執行は難しい。
BIZLINK法律事務所では、ド・チョン・ハイ弁護士から、日本企業がベトナムに進出するにあたっては、文化の違いに注意が必要と説明があった。問題は法の規定の先にある。法律だけを見て経営計画を立ててはいけない。
5 ハノイ人民裁判所裁判傍聴
ハノイ人民裁判所では薬物事件の刑事裁判を2件傍聴した。
法廷では1段高くなった法壇の机の中央に法服を着た裁判官が座り、左右にスーツ姿の人民参与員が座っていた。法壇の下の裁判官席前には書記官の机が設置され、書記官1名が座っていた。
また、法廷の左側に縦に置かれた机の一番奥側に制服姿の検察官が座っていた。法廷の右側に縦に置かれた机の一番奥側にはダウンジャケット姿の弁護人が座っていた。弁護人は弁護士会のマークの入ったネクタイの着用を義務付けられているが、ダウンジャケットを着ていたため、ネクタイは見えなかった。
法廷中央の証言台に被告人が立っていた。傍聴した事件の被告人は被収容者が着用する青色の服を着ていたが、服装は自由である。被告人の後ろに2列の長椅子が置かれ、2列目の右端に制服姿の留置担当者が座っていた。
法廷と傍聴席の間には仕切りがあって、傍聴席には長椅子が6台置かれていた。
検察官が懲役18年から19年を求刑し、弁護人が求刑以上に刑を重くしないよう求めて結審した。2015年ベトナム刑事訴訟法252条により裁判所は関係者の提出する証拠を直接受理できる。この事件でも結審後に事件を傍聴していた被告人の家族がバーの中に入って書記官に証拠書類を提出した。訴訟当事者の関与なく裁判所に証拠が提出される様子に日本の弁護士として大変驚いた。数分で合議体が法廷に戻って、長い判決が宣告された。職権主義を基調として運営されるベトナムの刑事裁判では裁判所が捜査記録を引き継いでいるため、開廷前におよその判決は書きあがっている。判決は懲役18年だった。
2件目の法廷には弁護人も被告人もいなかった。国選弁護人は刑が15年以上の事件に付される。2件目の事件は必要的弁護事件ではなく、弁護人がいなかった。また、被告人はオンラインで出頭し、法廷に設置されたディスプレイに映っていた。身柄の場所が遠い場合にオンラインで法廷が行われる。
ベトナムの刑事裁判は近年の改革で大きく変わった。傍聴後に見せてもらった展示室に以前の法廷が再現されていた。被告人は証言台ではなく、鉄の柵で囲まれた場所で供述する。服装は自由ではなく、横縞の囚人服を着る。検察官は裁判官や人民参与員と並んで法壇の上に座る。弁護人と向かい合って座るのは検察官ではなく、書記官だった。
6 ハノイ商工会議所訪問
ハノイ商工会議所では吉田晋事務局長からベトナムにおけるビジネス事情の説明を受けた。ベトナム経済は急速に成長しているものの、法律の運用の不明瞭さに課題がある。
7 ホーチミン市における訪問
2月26日夜にホーチミン市に移動し、翌27日午前にBLUE PISCES法律事務所を訪問した。名古屋大学元留学生のグエン・ダン・ミン弁護士から、会社の設立には投資許可を得て、会社を登記し、それから業態ごとに必要な許可を得る必要があると説明があった。ミン弁護士に依頼して会社を設立する場合の投資許可と登記の費用は1万ドルで、必要な期間は60営業日が目安である。
午後にはベトナム法律家商事仲裁センターを訪問した。仲裁機能強化のため、日本の弁護士に仲裁人に加わって欲しいと話があった。
8 最後に
活気のある街の様子から、ベトナムの経済成長を強く実感した。昨年11月にホーチミン市の地下鉄が運行を開始し、真新しい駅に記念撮影をする若者たちがいた。一方でベトナムの紛争解決には様々な課題が残る。現行のJICAプロジェクトは年末に終了とのことであったが、我が国の支援によって信頼できる紛争解決手段が整備されると期待したい。それまでの間、進出企業は紛争に至らないように、慎重にビジネスを展開する必要がある。
末筆ながら、今回の視察旅行では名古屋大学の元留学生の皆さんにとてもお世話になった。当地で法律を学ばれた皆さんが様々な場所で活躍されていることを知って、大変うれしくなった。改めて感謝申し上げたい。