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~ネパール視察旅行に参加して~

アジア最貧国ネパールでの法整備の難しさ
~ネパール視察旅行に参加して~

会報「SOPHIA」 平成28年11月号より

会 員  荒 川 裕 子

1 はじめに~視察およびネパール概要~

 ネパールと聞いて思い浮かべることは何でしょうか。ネパールでは、約80%がヒンドゥー教徒で、カースト制度によって複雑な階級社会となっており、男尊女卑の思想が根強く残っています。識字率は近年上昇傾向にあるものの約66%で、特に女性に限るとわずか約40%に留まっています。人口は約2800万人。公用語はネパール語で、さらに高い英語力を誇っています。これらの現状がネパールに与える影響、そしてJICAによる法整備支援についてご報告します。
 今回は、JICA専門家としてネパールに2年間駐在していた社本洋典委員が幹事となり、主に国際委員会のメンバー12名にて、以下の日程で視察をいたしました。

10月22日

カトマンズ到着、ダルバール広場、クマリの館の観光

23日

国会訪問、弁護士会表敬訪問、ポカラ到着

24日

ヒマラヤの朝日鑑賞、カトマンズ到着、JICA訪問(フライト遅延でキャンセル)、弁護士会役員等との夕食会

25日

最高裁判所およびカトマンズ地裁表敬訪問


 

2 アディカリ国会議員との面談

 ネパールでは、2006年に内戦が終結し、2008年に王政が廃止されて連邦民主制に移行しました。政情不安のため、長きにわたって立法整備が遅れておりましたが、2015年9月、新憲法が成立しました。
 現在は、法制度の抜本的な近代化を目指し、19世紀に制定された「ムルキ・アイン法典」(民事実体法・民事手続法・刑事実体法・刑事手続法の4分野を包摂する法典)の分割改正作業に着手しています。そして、JICAは、2009年からムルキ・アイン法典の民事実体法部分を民法として分離・独立させるための司法省・国会の活動の支援を行っています。
 アディカリ国会議員は、弁護士資格を有しており、国会に設置された民法制定委員会の議長を務めています。新民法では、60%は伝統的なムルキ・アイン法典、20%は最高裁判所の判例、残り20%は国際的な慣習を取り入れる予定です。ネパールの伝統と国際基準のどちらを重視するかについては判断が難しく、外部ファクターを考慮したうえで分野によって変えているようです。例えば、家族法は伝統的な思想を重視し、契約法および会社法はボーダレスなビジネス環境を考慮して国際基準を重視しています。
 次に、男尊女卑から男女平等への転換を図るため、いかなる制度を取り入れるかについて議論がなされています。ムルキ・アイン法典では男性子息にのみ相続権が与えられていた時期がありましたが、男女平等の思想を取り入れて女性にも相続権が与えられました。新民法では、さらに遺言制度の新設について検討されているところ、根強く残る男尊女卑の思想によって女性の相続権を実質的に奪う結果になる可能性があるため、慎重に検討されています。
 最後に、法律制定の手続としては、最高裁判所の裁判官、弁護士、ジャーナリスト、NGOの代表者、JICA等の多くの関係者の意見を聴取のうえ、調整することが重要であり、苦労するとのことでした。

アディカリ国会議員を囲んで.jpgアディカリ国会議員を囲んで

3 ネパール弁護士会への表敬訪問

 ネパール弁護士会への表敬訪問では、会長、副会長、事務総長と面談のうえ、日本およびネパールの弁護士との協働関係について意見交換をしました。友好の証として、ネパール弁護士会のバッジが贈呈されました。

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ネパール弁護士会長に小川晶露委員長が記念品贈呈

4 最高裁判所、地裁への表敬訪問

 ネパールでは訴訟遅延が課題となっています。そこで、JICAの協力の下に2013年から「裁判所能力強化プロジェクト」が開始されました。このプロジェクトでは、最高裁判所を主な実施機関として、事件管理能力の強化、司法調停の活用を通じた裁判所の紛争解決能力の向上を目指しています。例えば、JICAは、ネパールの裁判官に対し、日本での研修を受ける機会を提供しています。他には、3つの地裁に作成したガイドラインを試験的に適用のうえ、検証作業を行っています。
 最高裁判所の建物は、2015年の大地震の爪痕が色濃く残った状況であり、改修工事中でした。そこで、隣接するビルの一室に臨時に法廷を移設させておりました。最高裁では、毎年2万5000件程度の新件の申立てがなされ、20名の裁判官で対応しているようです。
 一方、カトマンズ地裁では、33名の裁判官が在籍しており、1人あたり200~250件ほどの案件を担当しています(5年ほど前までは500件/人)。口頭主義のため期日が1時間を超えるなどの事情で計画的な進行が難しく、次に予定されていた裁判期日がキャンセルとなることもあるようです。

5 夕食会

 アディカリ国会議員、ネパール弁護士会の役員および会員(6名)、JICAメンバー(5名)等の総勢23名での夕食会が開催されました。法整備支援の苦労話だけではなく、ネパールの女性法曹(全体の10%程度)の支援活動、日本とネパールとの深い結びつきなどについて、お酒を酌み交わしながら語り合いました。

6 最後に

 今回の視察旅行にて最も印象的だったことは、ネパールのインフラ整備が遅れていたことです。ホテルでは、何度も停電がありましたし、電力が不安定なためか使用していたドライヤーから火花が出て壊れてしまいました。また、国内線のフライトは、行きも帰りも3時間ほど遅延し、計画が大幅に変更されました。企業が進出するにあたり、インフラが弱いことは大きな障害となりますので、それが他のアジア諸国に比べて経済発展が遅れている原因の一つだと感じました。
 また、カースト制度が社会の隅々にまで定着しており、例えば法曹資格を有する者のほとんどは上位階級出身の方のようでした。出身カーストの階級と就労可能な職業に強い相関関係があるようです。日本では当たり前となっている職業選択の自由が、ネパールでは実質的には十分に保障されていないことに驚きました。また、宗教観に基づく思想は根強く、さらに宗教の多様性を考慮した法整備をすることの難しさも感じました。
 最後になりましたが、現地でのアレンジを担当してくださった社本委員、アディカリ国会議員、ネパール弁護士会および裁判所の方々、現在JICA専門家として赴任されている長尾貴子弁護士を始めとしたJICAの事務局の方々、その他多くの皆様のご協力のおかげで、今回の視察旅行が充実したものになりました。この場をもって厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。