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今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!
~個人通報制度と国内人権機関の実現を目指して~

シンポジウム第2分科会
今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!
~個人通報制度と国内人権機関の実現を目指して~

会報「SOPHIA」令和元年10月号より

会 員 大 坂 恭 子

1 第1部-国際人権法と個人通報制度・国内人権機関

(1)リーディングドラマの熱演
 第2分科会は、個人通報制度と国内人権機関をテーマに開催された。
 日弁連は、奇しくも33年前に同じ徳島で、「自由権規約第一選択議定書(個人通報)の早期批准を要望する」との決議を人権擁護大会で挙げており、それ以降も国際人権に関わる活動を積極的に行ってきた。それでも基調報告者が「マニアックなテーマ」と認めるほど、これらの制度は法律家にも浸透していないのが現状である。主催者は、それを意識して、個人通報制度と国内人権機関をわかりやすく紹介する演劇で幕を開けた。

令和元年10月号会報シンポ第2分科会挿入写真.JPG
 1つ目は、男女差別の賃金格差をテーマとしたドラマであり、職場の賃金格差を最高裁まで争ったが救済されなかった事例である。当会の後藤睦恵会員が熱演する国際(くにぎわ)氏は、個人通報制度を利用して、条約機関に救済を求めた。
 2つ目は、痴漢の被疑事実で逮捕・勾留された男性が、虫歯治療を必要としていたにもかかわらず、被疑事実を否認していることを理由に長期間身体拘束されるドラマであった。この男性は、国内人権機関に迅速な対応を求め、無事に同機関から勧告が得られた。
 いずれも個人通報制度等があったと仮定したフィクションであるが、事例は半分ノンフィクションでもある。後のパネルディスカッションに登壇された元国連女性差別撤廃委員会委員長の林陽子弁護士(第二東京)は、これらの事例が女性差別撤廃条約や自由権規約違反の評価を受ける可能性を指摘しており、現状に対して深刻な問題提起がなされた。
 なお、演劇は、シナリオを実行委員が作り、プロの演技指導と監修のもとで準備されたとのことであり、非常に精度が高く、会場からも拍手喝采であった。
(2)基調報告、基調講演等
 北村聡子弁護士(東京)は、「国連人権メカニズムと日本」と題して、日本の人権条約批准状況等について基調報告を行った。
 申惠丰青山学院大教授(以下「申氏」)は、個人通報制度と国内人権機関の設置により日本に国際人権基準がどのように根付くのかについて基調講演をなされた。例えば、オーストラリアは、入管施設に収容の必要性を示さず、長期間収容した件について、個人通報制度により、自由権規約違反の「恣意的拘禁」を行ったとの判断を受けたことがある。日本の入管収容も、仮に個人通報されると同様の判断を受ける可能性が高い等、各国の先例に日本の人権状況をあてはめた、イメージしやすい報告がなされた。
 続いて、外務省の南慎二総合外交政策局人権人道課長からは、個人通報制度の受諾について20回に亘り研究会を実施している等の紹介がなされ、法務省の大橋光典人権擁護局調査救済課長からは、法務局における人権相談の実施状況等について報告がなされた。

2 第2部-世界の現状と日本における人権諸課題

(1)韓国国家人権委員会前事務総長の講演
 韓国は、国連からの要請に応え、2001年、韓国国家人権委員会を設置した。僅か数日前まで同委員会の事務総長を務められた弁護士の曺永鮮氏(以下「曺氏」)が登壇され、「韓国国家人権委員会の現況と課題」を講演された。
 曺氏は、日本でも国内人権機関を十分機能させるためには、様々な人権分野の市民団体が、その市民団体で構成する国内人権機関対応のネットワークを構築し、同機関の活動を牽制・監視することが必要であると助言された。
 また、国内人権機関の政府からの独立性について、韓国でも歴史的に見て、政権の影響を受け、活動に浮き沈みがあったことを紹介し、予算、人事、組織の面で独立性を担保する必要性を強調された。
 講演の終わりには、日本でも独立した人権機構が設置され、人権の分野でも国際的地位を高めるよう期待するとの激励があった。
(2)泉徳治元最高裁判事(東京)からのビデオレター
 まず、国内の人権課題として、教員に対する君が代斉唱強制の問題があげられ、本来、憲法の中枢にある精神的自由権が脅かされていることに懸念を示された。さらに、選択的夫婦別姓、出生届提出時に嫡出・非嫡出の別を申告しなければならない問題も指摘された。
 日本の裁判所は、人権条約が個人の権利保護のため、直接的に適用されることを観念的には認めているが、あたかも神棚の上に置いてあるようであり、これを取り出して日常的に活用する仕組みとして、個人通報制度が必要であると指摘された。
 仮に、個人通報制度が実施されれば、最高裁は、同じ問題を条約機関等の第三者が判断する可能性を意識し、緊張感を持つこと、下級審においても、当事者から個人通報を見越した人権条約違反の主張がなされることにより、人権条約違反の有無を判断せざるを得なくなることが述べられた。
 そして、弁護士を含め、個人通報制度を活用するためには人権条約の理解を深めなくてはならないことから、国内人権機関に人権教育の機能が求められるとのことであった。
(3)各分野からの実情報告
 曺氏の、様々な人権分野の市民団体が必要との呼びかけに応えるかのように、障がい者問題、女性差別問題、学校いじめ問題、入管難民問題、ヘイトスピーチ問題の各分野から報告者が招かれ、日本の現状について報告がなされた。これらの各分野では、日本は、自由権規約、障がい者権利条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約等、人権条約を批准しているものの、個人通報制度を定める選択議定書を一つも批准しておらず、各分野で深刻な人権課題が生じていることが訴えられた。

3 第3部-パネルディスカッション

 パネルディスカッションでは、各分野からの人権状況の報告に沿って、曺氏からは、韓国における類似事例の経験、申氏からは、人権条約に照らした場合の評価、藤原精吾弁護士(兵庫県)からは、ハンセン病等、国内での人権問題への取組や到達点等、各パネリストの実務経験を踏まえた議論がなされた。
 林陽子弁護士は、個人通報制度も国内人権機関も「魔法の杖」ではないと注意喚起した。国内人権機関が設置されたとしても、これが時の政権から独立した地位を保てるかどうかは、市民や市民団体のあり方による。韓国でも500名以上が良心的兵役拒否について個人通報し、自由権規約違反の決定を獲得したが、政府が直ちに対応しなかった時期があった。それでも、現在の日本は、個人通報制度等を批准できる状況に至っており、速やかに批准し、活用すべき状況だとの指摘がなされた。
 分科会はとても充実した内容であったが、個人通報制度や国内人権機関の実施は間近に迫っているとは言いがたく、今後の日弁連の活動がより重要となる。次に人権擁護大会でこのテーマを扱う際には、現実に個人通報制度と国内人権機関が活用されているよう、引き続き関心を寄せたいと思う。