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取調べ立会いが刑事司法を変える~弁護人の援助を受ける権利の確立を~

シンポジウム第1分科会
取調べ立会いが刑事司法を変える~弁護人の援助を受ける権利の確立を~

会報「SOPHIA」令和元年10月号より

会 員 小 澤 尚 記

1 はじめに

 日弁連人権擁護大会シンポジウム第1分科会が、10月3日、徳島市JRホテルクレメント徳島「クレメントホール」で開催された。
 当日は、台風の影響で東京からの航空機が欠航するなどのアクシデントはあったが、約600名がシンポジウムに参加し、盛況なものとなった。
 当会会長の鈴木典行日弁連副会長の開会挨拶に始まり、シンポジウムは5部構成の大変充実した内容であった。

2 基調報告

 第1部の第1分科会実行委員会の川上有事務局長による基調報告では、松江宣言から現在までの経緯、これからの刑事弁護の方向性が報告された。
 具体的には、1989年に松江市で開催された人権擁護大会において、「日本の刑事裁判は捜査機関による捜査の結果を追認する場になっており、『絶望的』である」との危機感が共有され、その上で弁護士会と弁護士こそが最善の努力をしなければならないことを確認し、日弁連が全力を傾注することが宣言されている。
 それを受け、被疑者国選弁護制度の実現を目指して当番弁護士制度が創設された。
 松江宣言から10年後の1999年、前橋市で開催された人権擁護大会では、取調べの可視化(全過程の録音・録画)、人質司法の打破、国民の司法参加、被疑者国選弁護制度の実現等に向けて日弁連が全力を挙げてこれに取り組むことが宣言された。
 そして、2005年11月に公判前整理手続が、2006年10月に被疑者国選弁護制度が、2009年5月には裁判員制度が施行された。
 2009年、和歌山市で開催された人権擁護大会では、取調べの可視化を速やかに実現することを強く求める宣言がなされている。そして、取調べの可視化についても、ようやく実現しつつある状況にある。
 このように松江宣言から30年を経て、我が国の刑事司法手続は変革されつつあるが、憲法で保障された弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するためには、諸外国でも導入されている、弁護人を取調べに立ち会わせる権利を明定し、併せて取調べを受ける前に弁護人の援助を受ける権利と機会を確立することが重要であるとの基調報告がなされた。

3 取調べの実体験の報告

 第2部は、「これが取調べだ!その体験を語る」と題して、5つの事件の当事者からの報告やメッセージが上映された。
 最初に、コンビニ窃盗の犯人として逮捕・起訴され、300日以上の身体拘束の後、無罪となったボーカリストのSUN-DYUさんからの報告があった。
 その中では、捜査官の怒鳴り声などにより、自分自身を疑ってしまう、黙秘をしていたが黙秘をすることの意味も考えてしまうという孤独な取調べの中で陥ってしまう心理がありのままに報告され、1日でも早い弁護人の立会いの実施が望まれていた。
 次に、志布志事件で、捜査官に足首を掴まれて家族の言葉を書いた紙を踏ませられるという常軌を逸した取調べ手法により自白を強制された川畑幸夫さんから、取調べの場で弁護人が横にいてくれれば、捜査官による恫喝や強要はなかったはずであり、全面可視化のみでは冤罪は防げない、弁護人の立会いが必要であるとの報告があった。
 3番目には、郵便不正事件で無罪となった村木厚子さんによる、プロとアマがリングの上に立って戦うことを強いられる取調べでは、戦いを少しでもフェアにするには相談できる弁護人の立会いが必要だとするビデオメッセージが上映された。
 4番目には、東住吉事件で有罪となったが21年後に再審無罪となった青木惠子さんによる、弁護人が立ち会っていれば、捜査官が怒鳴ったりする取調べも無く、子を失った悲しみの中にあっても自白を強要されずに済んだとのビデオメッセージが上映された。
 最後に、2019年1月に起きた無関係の女子大生がタクシー運転手のバッグを窃取したとして逮捕された愛媛県誤認逮捕事件の弁護人が、女子大生の手記を紹介しつつ、弁護人立会いの重要性について報告した。

4 取調べの立会いの実践報告

 第3部は、「取調べの立会いの実践報告」として、神谷慎一弁護士(岐阜県)による「任意捜査である以上、弁護人同席を求めることは不当でない」と判示した名古屋地決平成20年10月27日を論拠に任意捜査での取調べ立会いを実現した事案、飛田桂弁護士(神奈川県)による捜査機関に繰り返し抗議をして取調べ立会いを勝ち取った事例、城水信成弁護士(大阪)からの捜査日程を把握した上で犯行再現が行われている警察署の柔剣道場に行くことで、犯行再現への立会いを実現した事例が報告された。
 この中では、神谷弁護士による取調べ立会いにより、「可視化の限界を突破できる」「取調べが当事者対等になる」との言葉が印象的であった。

5 海外事例報告

 第4部海外事例報告では、諸外国の法制度の調査結果が報告された。
 まず、フランス、ベルギー、オランダでは、弁護人の立会い無しに取調べを開始できないとの報告があり、ドイツでは弁護人が選任された事案では弁護人が取調べに立ち会わないことは滅多に無いことが報告された。
 また、韓国では、2008年に弁護人参与権が法制化され、2018年には約1万3000件の立会いが実施されている旨、韓国の柳光玉弁護士から報告があった。

6 パネルディスカッション

 最後に第5部として、弁護士のほか、葛野尋之一橋大学大学院法学研究科教授、ジャーナリストの青木理さんをパネリストに迎えてのパネルディスカッションが行われた。
 青木さんからは、「ガラパゴスで良い(=国際水準)なら問題無いが、こと人権面ではグローバルスタンダードであるべき」との言葉が印象的であった。また、パネルディスカッションの中では、大阪弁護士会有志による「取調べ立会いが実現したらこうなる?!」と題した寸劇が披露され、立会い無し、立会い有りの取調べの様子を具体的に示した。
 パネルディスカッションでは、①黙秘をし、弁護人立会いができれば供述するなどの弁護戦略等、現在できることから始め、②任意捜査から立会いを実現し、③障がい者等の供述弱者の取調べについて積極的に立会いを求めていくべきであり、当番弁護士から始まった被疑者弁護をもう一歩先へ進めるべきという結論であった。

7 最後に

 初めて逮捕勾留される被疑者にとって、未知の環境である取調室で、プロである捜査官の取調べに的確に対応していくことが非常に難しいのは、日頃の弁護活動で痛感するところである。
 取調べに弁護人が立会い、被疑者の権利を擁護することは必須であり、刑事弁護の進むべき先を示した第1分科会であった。