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難民申請者への希望の判決

会報「SOPHIA」 平成28年12月号より

人権擁護委員会 国際人権部会 部会員 田 邊 正 紀

1 7月の下出太平会員のネパール人難民申請者の名古屋高裁逆転判決に続き、9月7日、名古屋高裁において、ネパール人難民申請者では2件目となる逆転勝訴判決をいただきました。両判決は、同一部によって宣告されていることから、基本的な判断枠組みは共通です。以下、本件の特色について述べます。
2 控訴人は、地元で農業に従事して生活していたところ、マオイストの訪問を受け、2回食事の提供を強要されるとともに寄付金を要求され、「政府軍に訪問の事実を告げたら殺す」と脅されました。その後、今度は、政府軍の訪問を受け、「再度マオイストに食事を提供したら殺す」と脅され、進退窮まって、数日後には自宅を放棄してポカラに逃避し、ブローカーを利用して日本に上陸したものです。上記の通り、控訴人には、マオイストによる拉致や暴行などの直接的な身体に対する侵害がないにもかかわらず、判決は「客観的にみて耐えがたい状況」を認定しており画期的です。
 また、控訴人は、難民申請手続において「ポカラでは家族を養えなかったことから日本行きを決断した」と述べていました。この点につき、高裁は、「そもそも家族を養うことができなくなったのは、マオイストからの迫害を逃れ、生活の本拠を出たためであることに照らすと、上記供述をもって庇護を求める目的の存在を否定することはできない」と判断しました。迫害から逃れる目的と稼働目的の両立を認める判決例は過去にも複数存在しましたが、稼働目的での入国に対して、正面から難民該当性を否定しないと判断した判決は初めてではないかと思います。
 なお、控訴人は、平成14年に本邦へ入国し、平成23年に名古屋入管に摘発されるまでの約9年間難民申請をしていませんでしたが、高裁はこの点については一切問題にしませんでした。入国から難民申請までの期間の長さは、従前から、日本の難民認定率の低さとの関係で早期の難民申請は期待できないなどの議論が行われてきていましたが、すでにこの論点は克服されたと理解してよいようです。
 本件もそうですが、下出会員の事案も、マオイストから逃れた後、相当早期に国外脱出している事案です。ネパール難民事案では、マオイストから逃れるために地元を捨てて、カトマンズで何年もの間出国の機会をうかがって、やっとの思いで国外脱出する事案が多くみられます。このような事案では、国内避難可能性すなわちカトマンズでの迫害の可能性が問題とされ、難民該当性を否定されることが多くみられます。今回の判決では、ネパール屈指の観光都市ポカラにおいてもマオイストからの迫害の危険があったと認定していますので、カトマンズの安全性についても同様の判断がなされる可能性が出てきたと考えます。
3 本件控訴審においては、難民勉強会に参加して初めて難民事件に触れた平林奈純会員と共同受任させていただきました。控訴理由書を書いている最中は大変だったようですが、勝訴判決を受け取って「マオイストの恐怖からやっと解放された」との言葉が印象的でした。難民事件は、単独で受任するには相当荷が重い事件です。事件を抱えている先輩弁護士に声をかけて、共同受任から始めてみてはいかがでしょうか。