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無罪は検察の負けではない

中部経済新聞令和5年4月掲載

愛知県弁護士会 弁護士 後藤昌弘

 いわゆる袴田事件について、3月13日に東京高裁が袴田被告の再審請求を認める決定を下し、検察庁は上告を断念しました。
 ところで、袴田事件の報道を見ていて一点違和感がありました。「十分な立証ができなかったのは警察・検察の負けだ。」との元警察官のコメントです。また検察幹部のコメントとして、「絶対に勝てるとまでは思っていなかったが・・」とのコメントもありました。民事裁判であれば、「勝った、負けた」との感想が出るのは当然だと思います。しかし、刑事裁判の目的は、起訴された被告人について、裁判手続によって合理的な疑いを入れない程度に検察側の立証が尽くされたか否かを検証することです。事件が発生した場合には警察は捜査して証拠を集めるのがその職務です。また検察官は、送致された事件について相応の疑いがある場合には、公益の代表者として起訴し、裁判で証拠を提出するのがその役割です。結果的に証拠不十分で無罪となったとしても、捜査にミスがあった場合はともかく、物的証拠が乏しい事件において証明不十分として無罪判決がでるのは制度的にあり得ることなのです。ましてや、裁判の過程で無実である可能性が高いことが明らかになった場合は、検察官が無罪判決を求めることもあり得ることなのです。捜査に当たった警察官の方々としては、結果的に真犯人を検挙できなかったということで、「負けた」と感じられることはやむを得ないことだとは思います。しかし、少なくとも検察官の立場にある方々から「勝てると思った・・」とのコメントが本当に出されたとすれば、それは公益の代表者としては違うのではないかと感じるのです。
 今回の大阪高裁の決定は、争点となった味噌タンク内から見つかった5点の衣類について、事件後に捜査機関が捏造した疑いを示唆する内容です。この点で検察はメンツにかけて特別抗告するのではないかとの声も耳にしました。今回検察が特別抗告をしなかった点については率直に評価したいとは思います。ただ、過去に厚生労働省の局長であった村木氏の事件では、現職の検察官が証拠のフロッピーディスクを改ざんして職を失っています。これらも、逮捕した以上、起訴した以上有罪にしないといけない、との呪縛があるからではないかと感じます。
 警察・検察が勝ち負けや面子に拘り続ける限り、えん罪はなくならないでしょう。検察官は捜査機関の代理人ではなく、「公益の代表者」なのであり、その「公益」の中には無実の罪で獄にいる人達も含まれている筈です。この意味において、検察のメンツなるものに拘ってほしくはない、そう思います。