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トランスジェンダー職員のトイレ使用制限に関する最高裁判決(8月掲載)

中部経済新聞令和5年8月掲載

愛知県弁護士会 弁護士 堀江哲史

 本年7月11日、最高裁判所は、トランスジェンダー女性(出生時に割り当てられた性別は男性であるが、現在女性として社会生活を送っている)の経済産業省職員について、職場の女性用トイレを自由に使用することを認めない、とした人事院の判定を違法とする判決を言い渡した。

 本判決において、注目すべき点は二つある。一つ目は、判断の前提として、自認する性別に即して社会生活を送ることが、誰にとっても重要な利益とされたことである。トランスジェンダーに対する誤解に基づいた言説や、あるいは、人々の誤解を煽るような言説が、いまだに散見される中で、改めて性自認についての基本的理解が確認されたことは、重要な意義を持つ。

 二つ目は、人事院の判断に対して、「具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し」たものと、批判した点である。特に、渡邉惠理子裁判官、林道晴裁判官が、女性職員らの利益を軽視することはできないとしつつも、両者間(本件当事者と女性職員ら)の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことは許されるべきでないと指摘したことが重要である。わが国で本年6月に施行された、いわゆるLGBT理解増進法の制定過程でも、「性自認を尊重すると、男性が『心は女性』と言えば、女湯や女性用トイレに入れるようになる」など、事実無根の言説が流布されることがあった。両裁判官の指摘は、現実的でない不安をあおることに対しての警鐘ともとれる内容であり、意義深い。

 では、このような判決を受けて、民間企業ではどのような対応が求められるのか。この点については、今崎裁判長の補足意見が参考となる。同意見は、職場を取りまく環境などの事情はさまざまであり、一律の解決策になじまないとした上で、「現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点などから最適な解決策を探っていくという以外にない」と述べる。その際に留意すべきは、本件において、当初、人事院が一部の女性トイレの利用を禁止したことについては、激変緩和措置として是認されたが、約4年10か月の間、これを見直さなかったことについては、合理性を欠くとされたことである。トランスジェンダーに対する理解が普及していない場合であっても、その現状をただ追認することは許されない。誤解に基づく不安を解消するなど、トランスジェンダーの法益の尊重にも理解を求める方向でのプロセスを進めていくことが求められるのである。