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~司法過疎の拡大懸念も~

民事裁判のIT化に向けて(8月掲載)
~司法過疎の拡大懸念も~

中部経済新聞令和4年8月掲載

弁護士 清水 綾子

 本年5月18日、民事訴訟法の一部を改正する法律が成立しました。この改正により、民事訴訟手続における訴状などのオンライン提出、訴訟記録の電子化、ウェブ会議による口頭弁論期日などが可能となり、民事訴訟手続のIT活用の諸規定が整備されました。この改正民事訴訟法は順次施行されるため、民事裁判手続は今後4年以内に全面的にIT化されます。また、昨年4月からは、家事事件、民事保全・執行事件、倒産事件の各種手続のIT化についての検討も開始され、これらに関する法改正も近いうちに実現される見通しです。このような民事裁判手続などのIT化により、裁判所利用者は、裁判所に出頭することなく各種手続を利用できる場面が増え、出頭に要する時間や、労力、費用などが削減できるとともに、期日の調整が円滑となり、手続を迅速に進行することができると期待されています。

 一方、IT化の利便性の陰で、裁判の本来的な機能が失われないように注意しなければなりません。裁判手続は、国民の権利や義務を確定させる重要な機能を担っており、裁判を受ける権利は、国民に保障された憲法上の権利です。ITに習熟していない、あるいは、特定の環境下でITが利用できない人々が置き去りにされてはなりません。

 また裁判は公開が原則であり、公開されることによってその公正を制度として保障し、裁判に対する信頼を確保しています。当事者がウェブ会議の方法で参加する口頭弁論期日も当事者が在廷している場合と同様に公開されますが、傍聴人が裁判手続の公正を確認できる形での公開の運用がなされるべきです。

 さらに、民事訴訟手続においては、裁判所が直接取り調べた証拠だけを事実認定の基礎とするという直接主義の原則があります。証拠調べ手続において原本を確認する必要性や、実際に対面して行う証人尋問の重要性など、ITの利便性のみでは代替できないものもあります。

 他にもIT化により、地方の裁判所や弁護士が担うべき役割を都市部の裁判所や弁護士が担うこととなり司法過疎が拡大することにならないか、ウェブ会議は非弁活動(本来訴訟行為に携わることができない者が訴訟行為を担うこと)の温床となり、当事者の権利を侵害しないか、などの懸念もあります。

 法改正によってIT化が全て完了するわけではありません。むしろ、ここからが始まりであり、IT化の利便性を活用しつつも、裁判の本来的な機能をないがしろにすることのないよう、私たち弁護士だけでなく国民一人一人が、今後の運用をしっかりと見守っていく必要があります。