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連続憲法講座第4回 憲法改正問題を考える ~緊急事態条項は憲法に必要か~

会報「SOPHIA」令和4年2月号より

憲法問題委員会 委員長 花井 増實

日時 1月8日 13:30~16:00
場所 弁護士会館5階ホール(Zoom併用)
講師 日弁連災害復興支援委員会前委員長
   永井 幸寿 弁護士(兵庫県)

 阪神・淡路大震災で事務所が全壊して、それ以来、災害法規にかかわっている。NHKの憲法記念日の討論会に出席し、「災害に緊急事態条項が必要か」とのテーマ意見を聞いて驚き調べたが、文献が無いので自分で本を書いた。
 緊急事態条項とは、「国家緊急権」を憲法に創設する条項である。「国家緊急権」とは、非常事態に、国家のために、人権の保障と権力分立を停止する制度である。人権保障がなくなり、政府に立法権や予算議決権が認められ極度に権力が集中する制度である。
 緊急事態条項は古今東西、軍人や政治家に濫用されてきた。①緊急事態では無いのに緊急事態だとして発動される、②緊急事態が去った後も権力をはなさない、③どさくさに紛れて酷い権力の濫用を行うなどである。
 ナチスは、クーデターも革命も起こさず合法的に独裁権を取得した。ワイマール憲法に緊急事態条項があったからである。国会議事堂の放火を口実にして緊急事態条項を発動し、反対党の党員を逮捕して独裁を確立した。緊急事態条項があれば1か月で独裁が確立できる。
 日本の旧憲法には緊急事態条項が4つもあり、しかもこれが度々濫用されたあげく、軍隊が暴走して日米戦争に突入した経験から、日本国憲法は、あえて緊急事態条項は設けていない。日本国憲法の趣旨は、①緊急事態条項は立憲主義(権力分立と人権保障)を破壊する危険があるから設けない、②緊急事態には、平常時から個別法を設けて対処するというものである。そして、憲法には緊急事態に参議院の「緊急集会」の制度と、緊急集会も開けない場合に内閣の「政令制定権」の制度を定め、後者に基づいて災害対策基本法に「緊急政令」の制度を設けている。
 災害に対応する法は整備されており、災害対策基本法では、緊急時で緊急集会が開けないときに内閣に4つの事項について「緊急政令」の制定を認め、また、災害救助法では知事に、医師、看護師への医療への従事命令や、不動産等の強制取得権を認めている。
 コロナについても新型インフルエンザ等対策特別措置法等が十分整備されている。医療の逼迫が生じているが、都道府県知事は、コロナ病床の受入れの強制ができるし、また、医療逼迫時に、臨時の医療施設の設置義務を都道府県知事に負わせている。法律があるのに、国や自治体が適切な運用をしていないことが医療逼迫の原因である。
 ロックダウンの法律も実は災害について存在する。災害対策基本法63条は、市町村長に警戒区域の設定を認め、ここへの立ち入り禁止や退去の強制を罰則付きで実施できるようにしている。但し、人権の大幅な制限になるので、感染症のロックダウンの法律を制定するなら、損失補償や専門家の知見の尊重、被害者の救済手続等を設けるべきである。
 自民党の緊急事態条項案(2018年案)は、旧憲法の「緊急勅令」を復活させるものであり、緊急時に内閣に立法権を認めるものであるが、発動期間に限定が無く、内閣の立法について事後に国会の承認を要するとしながら、承認がない場合は政治責任が生じるだけとするもので、国会のコントロールが全く効かないものであり濫用の危険が極めて高い。