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名古屋出入国在留管理局に収容されていたウィシュマ・サンダマリさんの死亡事件と出入国管理及び難民認定法の課題

会報「SOPHIA」 令和3年6月号より

人権擁護委員会 委員 河 野 優 子

1 名古屋出入国在留管理局収容中の女性の死亡

 3月6日、名古屋入管に収容されていたスリランカ国籍のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなりました(以下「本死亡事件」)。33歳でした。
 報道内容や出入国在留管理庁の「令和3年3月6日名古屋出入国在留管理局被収容者死亡事案に関する調査状況(中間報告)」によると、ウィシュマさんは平成29年に来日後、日本語学校の学費が払えなくなって「留学」の在留資格の更新が難しくなり、その後在留資格を失うに至った後、同居していた男性からのDV被害を訴えるために警察署を訪れたところ、令和2年8月に名古屋入管に収容され、体調が急速に悪化し、体重も収容後19.4キロ減少したとされています。
 また報道内容によると、本年1月中旬からは、嘔吐や食欲不振、体重減少、体のしびれ等の訴えがあり、ウィシュマさんは入管での収容を解く「仮放免」や外部病院での点滴を求め、彼女を診察した医師らも「(薬を)内服できないのであれば点滴、入院(入院は状況的に無理でしょう)」(2月5日時点)や、「患者のためを思えば、それ(筆者注:仮放免)が一番良いのだろうが、どうしたものだろうか」(3月4日時点)とコメントしていましたが、ウィシュマさんが求めた仮放免や外部病院での点滴は認められないまま、3月6日に亡くなりました。

2 出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)の課題と本死亡事件

(1)自由権規約9条等の国際法違反が指摘されている入管法およびその運用
 入管法に基づく収容は条文上、刑事手続における勾留と異なり、逃亡のおそれや収容の必要性の存在は要件とされていません。これをもって入管は、退去強制事由に該当する者についてはすべて収容するという「全件収容主義」の建前をとっています。また入管法上、収容に際しての司法審査はなく、退去強制令書に基づく収容については収容期間の定めもありません。
 収容されずに手続を進める、または収容された場合に解放されるためには、入管により仮放免が認められる必要がありますが、入管は、平成28年9月28日付「被退去強制令書発付者に対する仮放免措置に係る適切な運用と動静監視強化の徹底について」という法務省入国管理局長指示と、これに続く平成30年2月28日付内部通達に基づき、仮放免の判断を厳格化し、収容の長期化を招きました。
 このような中、令和2年8月28日、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会(以下「作業部会」)は、入管における男性2名の収容について、恣意的拘禁に該当し、自由権規約9条等に違反するという意見(A/HRC/WGAD/2020/58)を採択しました。
 同意見では、収容は、必要性と合理性の要件を満たす必要があること、および最終的な手段であることを述べ、出入国管理に伴う無期限の収容は自由権規約9条(1)に違反すること、司法審査を受ける機会が与えられなかったことは自由権規約9条(4)に違反することを指摘して、恣意的拘禁にあたると結論付けたうえ、「日本の出入国管理及び難民認定法の、国際法及び特に自由権規約の下での日本の義務との両立性について、深刻な懸念を表明する。作業部会は(中略)この法律を速やかに見直すよう政府に要請する。」としました。
(2)司法審査の欠如と入管による不適切な収容運用、および本死亡事件に関して
 司法審査の欠如については、現実に、医療的に見て仮放免されるべき場合にも仮放免されない事態を招いていると懸念されます。
 平成30年8月28日東京地裁判決は、入管の嘱託医が、被収容者について、拘禁性うつ病であると診断したうえ、原告の症状につき仮放免を相当とするものであると判断し、処遇担当職員に対しても同旨の意見を述べていたにもかかわらず、仮放免をしないとした入管の処分について、人道的配慮の観点から仮放免をすべきであったとして処分を取り消しました。取消しの根拠となった医師の診断から判決までは約1年半弱かかっており、収容に際しての司法審査の必要性が示されました。
 また、これまで24名の入管収容中の死亡や自殺が明らかになっており、うち少なくとも2名の死亡事件について国賠請求訴訟が係属中です。
 本死亡事件においても、医師から「点滴、入院」との指摘がありながらこれらが実現しなかったこと、本人はDV被害を訴えていたとされるところ、入管の内部通達では、DV被害者は、逃亡や証拠隠滅のおそれがある等の場合を除き仮放免したうえ手続するとされているにもかかわらず、当該通達に即していないこと、入管の「仮放免運用方針」における「仮放免を許可することが適当とは認められない者」には該当していないこと等から、仮放免を認めなかった入管の判断に非難が相次いでいます。

3 入管法「改正案」と同法案の取下げ

 ウィシュマさんが亡くなる前の本年2月19日、入管法「改正案」が国会に提出されました。長期収容問題の解決を図ることが法案の目的の一つとされていましたが、そのために必要な、収容に際しての司法審査や収容期間の上限に関する規定は設けられず、新設される「収容に代わる監理措置制度」も依然として入管による判断となること、加えて同制度における「監理人」には、仮放免における身元保証人にはない、監督や届出の義務および過料の制裁が設けられること等から、かえって収容からの解放について困難になることが危ぶまれる内容でした。
 当該法案については、当会をはじめ多数の弁護士会が反対の会長声明を公表した他、法案に反対する市民社会の声が大きくなり、政府・与党は同法案を取り下げるに至っています。またこの間、名古屋においても弁護士有志により、会長声明の内容を広める活動等が行われました。

4 求められる本死亡事件の真相解明と入管収容問題への注目

 本死亡事件について法相は事実関係の調査を指示し、これを受けて当会は、調査に関して外部の第三者とりわけ弁護士の調査委員を選任するよう求める申入書を法相等宛てに発出しました。当該調査には、入国者収容所等視察委員会の現・元委員から学識経験者、法相経験者、医療関係者等5名が加わりましたが、公表された中間報告には、仮放免を「一番良い」とする精神科医の指摘の記載がなく、「内服できないのであれば点滴・入院」とする消化器内科医の指摘に至っては、「医師から点滴や入院の指示がなされたこともなかった」と記載されるなど、問題が大きいものでした。また、多方面から求められている、収容中のウィシュマさんの様子が録画されている監視カメラのビデオ開示についても政府は否定し続けており、真相解明に対する消極的な姿勢が続いています。加えて、根本的な問題である、入管収容についての司法審査と収容期間の上限の欠如について改正が求められているにもかかわらず、法務省は、取り下げられた法案について原案のまま再提出を検討しているとの報道もあり、依然として、本死亡事件および入管収容の問題について注目すべき状況です。


※本記事は、令和3年6月14日現在の情報に基づく記事です。