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「地域の自然と生物多様性を守る条例の作り方 ~条例によって生物多様性を実効的に保全する方法を考える~」シンポジウムを開催

会報「SOPHIA」令和2年11月号より

公害対策・環境保全委員会 委員 西 岡 治 紀

1 はじめに


 10月1日、当会主催、中部弁護士会連合会共催のもと、生物多様性の実効的な保全や活用のための条例の作り方をテーマとした上記シンポジウムが開催されました。なお、会場は、会館5階ホールでしたが、Zoomによるオンライン中継を行いました。

2 第1部~導入報告~

 まず、第1部では、当会がこれまでに調査を行ってきた内容を報告致しました。
(1)生物多様性に関する裁判例
 名古屋市の平針に、レッドリストに掲載されるような希少な動植物が生息している里山がありました。その里山に関し、大規模住宅開発の対象となったことから、緑地の保全活動を訴える近隣住民が中心となり、市や国会への働きかけや、開発許可の取消しを求める審査請求を行いました。結果としては開発許可が認められてしまいましたが、この事例を通じて、大都市における生物多様性の在り方を問い、都市部においても地域固有の自然環境が残されており、『保全』の重要性とその方法について考えさせられる内容でした。
(2)あきる野市の生物多様性保全の取組
 東京都あきる野市では、希少な生き物を守り、将来世代へ承継するために、「生物多様性あきる野戦略」を打ち出しております。そして、ポイントとなる5つの取組として、①生物多様性保全条例の制定、②あきる野市版レッドリストの作成、③カントリーコードの設定、④あきる野市生きもの会議の設置、⑤実施計画の策定、を挙げております。
 あきる野市の取組は、生物多様性条例と生物多様性地域戦略が共にあってこそ初めて実効的な生物多様性の保全を行うことができることを示しているといえます。
(3)生物多様性おかざき戦略と条例の活用
 愛知県岡崎市では、岡崎市自然環境保全条例で「自然環境の保全及び創出」の目的実現のための計画や、市・市民・事業者の協働による推進体制や数値目標が定められており、実際にも、自然環境保護区を指定したり、指定希少野生動植物種を指定したりしております。このように、条例がいわば戦略や施策実現のツールとして機能しているといえます。
(4)北広島町と生物多様性保全
 広島県北広島町では、北広島町生物多様性の保全に関する条例が制定されており、また、「生物多様性キャラバン~みんなでつくった生物多様性戦略~」というものを打ち出しております。ここでは、審議会委員と役場担当職員が一体となり、戦略の策定を進めております。また、地域住民には、指定希少野生生物及び野生生物保護区に関する提案権があり、その提案権に基づいて実行するという取組がなされております。その他、地域活性化として地域通貨を創設するといった活動が特徴的です。

3 第2部~生物多様性保全条例の制定・運用に関する法律上の諸問題の基調講演~


 次に、日弁連公害環境委員会所属の幸田雅治弁護士及び上智大学法学部教授の北村喜宣先生に、生物多様性条例の制定上の課題や実務的課題をご講演いただきました。
(1)生物多様性保全条例の制定上の実務的課題について
 まず、条例立案にあたっては、①政策目的性(立法事実、条例制定権の拡大等)、②法的妥当性(条例の効力、憲法や法令との兼ね合い)、③法的実効性(どのような行為形式を採用するか、裁量の範囲等)といった点が問題となります。
 具体的には、①では法令と同一の目的とするのか、独自の目的とするのか、目的規定をどうするのかを考えることが肝心です。また、条例制定権は拡大しておりますが、一方で、比例原則や平等原則、憲法や法令に抵触しないよう条例制定権に限界があることを把握しておくことも重要です(上記②)。さらに、以上を踏まえたうえで、規制の仕組みとして許可制なのか届出制なのか、義務履行確保手段として刑事罰とするのか、公表するのかといった方法を検討する必要があります。なお、刑事罰として規定する際には、検察官と協議することも必要になります(上記③)。
 裁判例でも、条例の有効性が争われた場合、上記の点を考慮して判断がなされており、かつ事業者へも配慮することが求められたりもしているため、条例策定には様々な留意点があることを認識しておく必要があるといえるでしょう。
 その上で、生物多様性を保全する政策を実現するために実効性を備えた条例の検討が不可欠であり、かつ実際に保全活動を促進するための取組がなされて、初めて生物多様性保全条例が機能しているものといえるのではないかと考えます。
(2)条例の制定・運用に関する法律上の問題点
 次に、法律上の諸問題についてですが、生物多様性という価値問題(生命・健康が最も重要であるとすると、生物多様性の保全は個人的法益から距離があり、当然に保護が必要とはいえないと考えられていること)や財産権規制(民有地の問題等が挙げられ、補償の問題があります)の問題があり、そのような中でいかに実効性のある条例を策定するかが難しい点ではないかと思われます。
 また、条例制定では、法律実施条例(法律の対象に重ねて条例で規制するもの)か独立条例(法律の対象外について新たに条例で規制するもの)があり、後者の場合にはフル装備の条例を用意する必要があります。
 さらに、論点として、ゾーニングをどうするべきか、地元同意をどうするか、どのような手法を選択するかといった点を検討する必要があり、やはり実効性を念頭においた条例制定が必要と考えられます。

4 第3部~パネルディスカッション~


 第3部では、パネリストに北村喜宣教授、岡崎市役所職員の森本徳恵氏、北広島町職員の白川勝信氏を迎え、パネルディスカッションを行いました。
 ディスカッションの中では、条例の制定と戦略について意見交換が行われ、まずはベースとして条例を制定することで初めて計画・運用が実現できるといったお話がありました。
 また、運用面についてみても、法定計画を条例に盛り込むべきといった具体的なお話等が印象的でした。
 次に、実際の調査の実施状況として、北広島町では審議会や専門委員会を設け、学術調査や実地調査を行ったそうで、岡崎市でも調査会を立ち上げ、レッドリストの検討を行ったとのことでした。
 その他、保護地域の設定における財産権・損失補償の問題について意見交換を行い、地元住民や所有者の同意を得るために、上意下達の方法ではなく、なぜ貴重な場所なのか、なぜ指定するのかといった説明を行ったり、住民の意向を基に保護区を指定するなどといった絶え間ない努力があることを知りました。
 質疑では、各専門家や地元住民との連携に関する質問等がなされ、非常に白熱し、かつ有意義なディスカッションとなりました。

5 まとめ

 今後、各地方公共団体が主導で各地域に合わせた条例制定や運用を行うニーズが高まると考えられます。そのような中で、今回のシンポジウムは参加者にとって非常に参考となる内容になりました。