愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > ライブラリー > 2022年度連続憲法講座第3回
憲法訴訟をどう活かすか? ~名古屋高裁元裁判官青山邦夫弁護士に聞く~

2022年度連続憲法講座第3回
憲法訴訟をどう活かすか? ~名古屋高裁元裁判官青山邦夫弁護士に聞く~

憲法問題委員会 委員長 花 井 増 實

(講 演)

1 長沼ナイキ基地訴訟
 長沼ナイキ基地建設に対してミサイル基地予定地の保安林指定解除の取消しを求める行政訴訟について、札幌地裁は1973年9月7日、保安林指定解除処分を取り消した。保安林指定が地区住民の利益を保護するものであり、また地域住民の「平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)をも保護するものとして訴えの利益を認めた。そして、自衛隊は、憲法9条2項によって保持を禁ぜられる「戦力」に該当するとし、防衛庁設置法、自衛隊法等は憲法に違反し、無効と判決した。この訴訟をめぐっては、1969年8月札幌地裁平賀所長が福島裁判長に対して裁判干渉となると思われる書簡を送り届けた。同年9月、この書簡が明るみに出たことから、裁判の独立を侵すものとして、社会的注目を浴びた。その後、札幌高裁は、原告適格を認めたが、えん提等の洪水防止施設によって代替されており、訴えの利益が失われたと判断した。上告について最高裁は、札幌高裁の判断を容認し、上告を棄却した。
2 違憲立法審査権
 日本は付随的違憲審査制であり、具体的な訴訟事件を裁判するにあたり、その前提として事件解決に必要な限度で適用法令について違憲審査を行う。長沼ナイキ基地訴訟の高裁、最高裁は事件を却下し、憲法判断に踏み込まなかった。
3 イラク派兵違憲訴訟
 2003年3月19日イラク戦争が始まり、2003年5月1日ブッシュ大統領の戦闘終結宣言があった。2003年8月1日イラク特別措置法が施行され、2003年12月から自衛隊をイラクに派遣した。全国でイラク自衛隊派遣に対する訴訟が起き、名古屋でも国家賠償法に基づく損害賠償請求、差止請求、違憲確認の訴訟が提起された。2006年4月14日、名古屋地裁は、平和的生存権は具体的権利ではないとして請求を棄却した。
 これに対して、控訴審の名古屋高裁(2008年4月17日判決)は、(1)戦闘地域に多国籍軍の武装兵員を空輸する航空自衛隊の活動は武力行使と一体化して自らも武力の行使を行ったとの評価を受けるので、イラク特措法に違反し、かつ憲法9条1項に違反する活動を含んでいる、(2)平和的生存権は憲法前文、同9条ならびに同13条をはじめとする憲法第3章が規定する個別的な基本的人権の規定から、憲法上の法的な権利であると判示した。
 しかし、名古屋高裁も、原告らの権利侵害は否定して損害賠償請求は棄却した。
4 名古屋高裁判決に対する反響
 違憲の判断は、棄却判決では行うべきでなないという批判があった。しかし、芦部信喜教授の見解があるように、裁判所は、総合的に考慮し、理由があると判断した場合は、憲法判断を下すことはできると考えられる。
5 安保法制違憲訴訟
 東京地裁2019年11月7日判決では、原告らの主張する権利ないし法益は損害賠償により法的保護をあたえられるべき利益とは言えないとし、憲法判断を回避して請求を棄却している。
6 憲法判断の回避
 裁判所が憲法判断を回避する根底には「高度に政治性のある国家行為は司法審査の対象から除外せよ」という統治行為論がある。しかし、憲法81条は、憲法を解釈する権限をすべて裁判所にゆだねたもので、「政治部門」の優位を認めることは許されない。裁判所は、憲法9条関係についても違憲立法審査権を行使するべきである。


(対 談)

 講演に引き続き、青山会員と川口創会員(憲法問題委員会副委員長)との対談が行われた。
川口:外交・安全保障政策の指針である「国家安全保障戦略」等のいわゆる安保3文書の改訂がされるなかで専守防衛から踏み出して憲法違反の状況が生まれてくると思われ、重要施設等土地規制法も合わさって、軍事力拡大に進むことが想定される。
青山:長沼ナイキ訴訟は訴えを却下しており、高裁も最高裁も自衛隊を合憲とは判断していない。
青山:裁判官の独立は重要なことであり、平賀書簡は本当に驚きがあった。裁判官協議会等の会合はあるが、これらは裁判に直接影響を与えようとするものではない。福島裁判長に対する訴追委員会の結論(訴追猶予)は不当で理不尽と感じた。
 1970年任官予定であったが、新任拒否された者がいた。1971年は、宮本裁判官が再任拒否された。裁判所が労働者保護の判決等を出したことに危機感をもった保守層が裁判所や青法協会員裁判官を攻撃したが、これに対する最高裁の反応が、青法協会員の新任・再任拒否である。全裁判官に呼びかけた裁判官懇話会に250名が集まって議論していたが、近年は若くて元気な人が入って来なくなった。この懇話会は35年続いたが、最後に開催された2006年の参加者は70名であった。
青山:福島裁判官はその後裁判長になることはなく、家裁等が任地となった。
川口:憲法9条で長沼ナイキ訴訟の次に裁判所が違憲判断をしたのは、2008年のイラク訴訟の名古屋高裁判決であった。
青山:裁判官がどの事件を担当するかは機械的に決まることであり、憲法判断を要する訴訟を特に意識していることではない。担当するときは、十分確信したところで判断しようと思っていた。
川口:2007年3月名古屋地裁7次訴訟判決及び岡山地裁判決において平和的生存権が認められたことは、どのように考えるか。
青山:イラク訴訟の原告が平和的生存権の主張を強く出したこと、長沼ナイキ訴訟以来、学者もこれを論証し学会でも認められてきたという状況があった。
川口:憲法訴訟では事実と論拠が大切と言われるのでは。
青山:イラク訴訟のケースでは 現場の状況、被害状況等の事実が判断の確信につながっていく。安保法制でも社会がどのように危険なことになるかを主張することが重要と考える。
青山:裁判官には違憲訴訟の意味を考えてほしい。
 安保法制弁護団で原告との交流をすることで非常に勉強になる。主張を作り上げていくことを楽しくやっている。関与することで自分の周りに伝えていくことができる。若い人にも是非参加してほしい。


(感 想)

 講座当日の報道によれば、政府が、台湾海峡の平和と安定の重要性を指摘し、安保3文書に敵基地攻撃能力を明記すること、また、防衛財源に「復興特別所得税」の仕組みを使う案が浮上しているとのことである。ロシアによるウクライナ侵攻に対してウクライナが防衛戦争を続けており、国家が自国を守る現実を目の当たりにしているが、1945年8月の第2次世界大戦終結以来、日本は憲法9条の下で専守防衛を貫き、自衛隊によって国を守ってきた。青山会員のお話は、この間の憲法9条を巡る憲法訴訟を俯瞰され、裁判所が、憲法9条とどのように向き合ってきたかを改めて学ぶ機会となった。憲法81条が規定する違憲立法審査権を裁判所が適切に行使することが、行政(内閣)、国会が憲法に従ってそれぞれの権限を行使することを、国民に対して担保することになり、また、国民の裁判所、司法権に対する信頼に応えることになると、強く感じた。時々の情勢や世論の空気に流されることなく、裁判所が憲法の番人としての役割を果たすことを期待し、弁護士も訴訟のなかでも憲法の規範性を高める活動に努めなければならないと感じた。