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物的証拠も目撃者もない、自白調書に秘密の暴露もない
されど逆転有罪 豊川幼児殺人事件の20年

刑事弁護人日記(95)
物的証拠も目撃者もない、自白調書に秘密の暴露もない
されど逆転有罪 豊川幼児殺人事件の20年

会報「SOPHIA」 令和4年10月号より

会員 後藤 昌弘

【事件の概要】

 平成14年7月27日の午後9時30分頃、被害児の父親が友人とともに24時間営業のゲームセンターAを訪れ、翌28日午前0時頃から駐車場に駐めた自車内に当時1歳10か月の被害児を寝かせてゲームに興じていた。午前1時21分頃に父親が車に様子を見に行ったところ被害児がおらず、付近にも見つからなかったため、父親は豊川警察署に捜索願いを出した。同日午前3時頃及び午前5時30分頃、警察はAの駐車場に駐車していた各車両のナンバーをチェックした。同日午前5時30分頃、Aから直線距離で約4.5㎞離れた海岸の岸壁付近で被害児の遺体が釣り人に発見された。遺体に骨折等顕著な外傷はなく、死因は溺死であった。

【捜査の経緯】

 捜査担当検察官の証言によれば、当初は被害児の父親らが疑われたようだが、防犯カメラ映像の解析の結果、岸壁まで往復する時間的余裕がないことが判明したとのことである。以後警察はナンバーチェックの履歴などに基づき、目撃者からの聴取に努めた。ちなみに、7月27日は豊川市内でお祭りがあったため、Aの駐車場には多数の車両が駐められており、生前の被害児の目撃者は多数いたが、被害児が車両から誘拐された様子を目撃した者はいなかった。

【被告人逮捕に至る経緯】

 被告人は事件当時トラックの運転手で、帰宅して子どもと風呂に入った後、小豆色のワゴンRに乗って24時間営業のゲームセンターの駐車場などで寝泊まりする生活を3年ほど続けていた。事件当夜も被告人はAの駐車場で寝ており、午前3時のナンバーチェック時にはAの駐車場(但し被害児の車両とは離れた場所)に駐車していた。

 平成14年9月に被告人は事情聴取を受けたが、その際に被告人は駐車していた理由について虚偽の理由を説明した。

 被告人は同年10月に、乗っていたワゴンRがオイル漏れをするため売却した。売却直後に警察は当該ワゴンRの車内をリタックシートを使用して徹底的に調査したが、大量の微物や毛髪が顕出されたものの、被害児に繋がる物は見つからなかった。

 平成15年4月13日午前4時20分頃、喫茶店の駐車場で寝ていた被告人は任意同行を求められ、豊川警察署でポリグラフ検査を受けた後(有意な結果は出ず)取調べを受けた。被告人は当初否認していたが、同日9時頃、被害時の略取を認め、以後「同日着ていたTシャツ」「(被害児を)車から連れ出す状況」「ゲームセンターから岸壁に行った道筋」等大量の図面や上申書を作成し、その日は「家に帰りたくありません」との上申書を作成した後、警察官が宿泊していたビジネスホテルの3人部屋(ベランダから外に逃走可能)に宿泊させられた。後の被告人の説明によれば、3人部屋では両側に警察官が寝て1人は起きて見張っていたとのことだが、警察官は1人で寝かせたと証言し、ベランダの存在には「気づかなかった」と証言した。また上申書について被告人は「お巡りさんから下書きを見せられ、それを写した」と説明している。図面には、「自分は左利きなので」(被告人は右利き)とか、Tシャツの胸の部分の絵柄の説明において「胸」と書くべきところが「脳」と書かれていた。翌日、現場の引き当てに際して被告人は殺人も認め、4月15日の午前0時50分頃逮捕状が執行された。

【起訴に至るまで】

 逮捕直後に豊橋支部会員が当番で接見したが、その後公判が本庁で行われる予定とのことで当職が弁護人となった。被告人は初回接見では認めていたが、4月29日午前の接見で当職が具体的な事件の内容について質問したところ、「車から連れ出すところと海に突き落とすところは覚えているが、それ以外は覚えていない」と言う。起訴状に書かれるような内容しか覚えていないとの説明に不審に感じて、「本当にやったのか?」と尋ねたところ、被告人は泣き出して「実はやっていない」と述べた。やっていないならその旨調書に書いて貰うように指示したが、29日午後の調書には、「今日刑事さんに、殺してないと言ったことは嘘です」と書かれていた。後に分かったことだが、被告人は子どもの頃に手ひどいいじめを受けたためか異常なほど迎合性が強く、相手からの質問に対して深く考えることなくその場限りの場当たり的な返事をする性格であった。その後も自白調書は多数作られたが、否認の調書は1通も作られていない。

【岸壁の状況】

 被害児の投棄現場は、コンクリートの岸壁が海面から垂直に約3メートル切り立っており、岸壁直下には大きな捨て石が岸壁から3メートルほど沖まで海面下に置かれていた。岸壁沿いは道路であり、岸壁側にガードレールが設置されている。また事件当時は干潮のピークであった。

【第一審】

 捜査担当検事は主尋問で、「この事件には指紋等の物的証拠も直接の目撃者もない。自白調書には厳密な意味での秘密の暴露もない。」と証言した。自白調書では、当初「被害児を岸壁に立たせて後ろから突き落とした」との内容が、途中から「被害児を両手でかかえてバスケットボールを投げるように投げた」(その結果捨て石の僅か先に被害児は落ちたことになっている)と変遷している。自白調書については、提示命令を申し立てた。

【一審判決】

 自白調書の信用性が否定され、犯人性を阻害する事由もあるとして無罪であった。

【控訴審の始まり】

 進行協議で午後全部を4期日ほど指定された。「検察から控訴理由書も出てないし、弁護側の控訴ではあり得ない」と抗議したが無視された。後日判決で、「刑事訴訟の第一の目的は実体的真実の発見にあり、当審が事実取調をしたことは裁量の範囲内にある」と書かれていた。控訴審では検察側は被告人の事件当時の駐車位置について第一審での供述が事実に反するとの点の立証に注力した。

【控訴審判決】

 判決は概要「被告人は本当のことも嘘のことも話すという、いわば半割れ状態だったから自白調書に客観的事実と矛盾した内容があってもおかしくない。‥ゲームセンターでの駐車位置について被告人は明らかに嘘をついており、この点は被告人の犯人性を強く推認させる。」として懲役17年の実刑だった。

【上告審】

 上告理由書で、職権発動を促すべく事実誤認の根拠を詳細に主張したが、「上告趣意は再審事由の主張であって上告理由にはあたらない」として棄却された。

【再審請求】

 再審請求審は僅か11枚の決定で棄却され、現在異議審が係属中である。

【雑感】

 事件から今年で20年、被告人は先日満期出所した。満期前に出所させられなかったことが残念である。本事件は、公判前整理手続導入前の事件であり、検察側の手持ち証拠は見ることもできない。被告人の犯人性を阻害する証拠もあると思われるが、現行法上裁判所の協力以外に入手する術がないのが残念である。再審法制の整備が望まれる。