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デジタル社会の光と陰 ~便利さに隠されたプライバシー・民主主義の危機~

第64回人権擁護大会 シンポジウム第2分科会
デジタル社会の光と陰 ~便利さに隠されたプライバシー・民主主義の危機~

会報「SOPHIA」 令和4年10月号より

情報問題対策委員会 委員長

加 藤 光 宏

1 はじめに

 「デジタル社会の光と陰~便利さに隠されたプライバシー・民主主義の危機~」これが、9月29日、北海道旭川市で開催された日弁連人権擁護大会第2分科会のテーマである。デジタルの恩恵を受け、高い旅費を払わずともオンラインで参加することができた。まずは、デジタル万歳だ。

 開会挨拶で日弁連芳野直子副会長が、光が当たったところにできる「影」は目に見える形を意味するが、「陰」は目立たない部分を意味するという趣旨の話をされた。その目立たない部分に着目するところにこの分科会の意義がある。

2 基調報告

 プログラムの最初は、第2分科会実行委員会による基調報告である。

 「2010年以後のデジタル社会の進展」で紹介された事例によれば、被験者のスマートフォンの利用履歴等の情報を突合して被験者の様々な情報を分析する実験を行ったところ、本人の画像、性別、年齢、職業だけでなく、現在の経済状態、食生活、病歴も明らかになり、さらには、この先、体調を悪化させるであろうという将来のことまで的中させたとのことである。デジタルの前では、我々は丸裸なのだ。また、過去の行動を基に融資希望者の信用をランキングする信用スコアについては、信用スコアを定めるロジックがブラックボックスになっているため、一旦、信用スコアが低くなってしまうと、そこから抜け出すことができないバーチャルスラムに引きずり込まれてしまうという問題も指摘された。我々には、これに抗う術はない。

 「顔認証システム、AIによる情報処理、フェイクニュース」の報告では、特に人々が摂取する情報の偏りという点に注目したい。昨今、フェイクニュースと呼ばれる虚偽の情報が拡散する現象が問題視されているが、この背景には、広告収入を得るために、情報の正確さよりも、人の注意を惹くことが重視されるというアテンションエコノミーがある。正確な情報よりも話題になる情報が好まれるのだ。この問題は、前提となる情報の真偽がわからなければ民主主義の前提が崩れるという大きな問題に繋がる。人々が多様な情報に関心を持つことが必要なのだ。

 「政府が目指しているデジタル社会とは?」では、データの利活用の一例として、PHR(Personal Health Record/医療健康情報)の一元管理や、教育実績や成績等の一元管理等が検討されていることが報告された。しかし、デジタル化の基本法というべきデジタル改革関連法では、プライバシー権等が明記されていない状態であり、このままでは個人情報の保護が十分に検討されないまま利活用が推進されるおそれがある。個人情報の保護を十分考慮し、市民の信頼が得られる制度にしなくてはデータの利活用も進むはずがない。

 「地方自治体における個人情報保護をめぐる問題点」では、地方自治体の条例を法律による画一的な制度に置き換えてしまう個人情報保護法の改正に伴う問題点が指摘された。地方自治体は、住民と密着しているだけに、個人情報保護において国の制度より先んじて重要な役割を果たしてきており、情報の利活用は目的とはされてこなかった。かかる経緯を踏まえ、個人情報保護の原則、地方自治の原則が重視されるべきなのである。

3 基調講演

 続く国際ジャーナリストの堤未果氏による基調講演「報道されないデジタル化の真実と守るべき情報主義」では、GAFA等のデジタルプラットフォーマー(DPF)の脅威が報告された。あまりに巨大になりすぎたGAFAは、強大な力を持つに至り、アメリカでも規制が難航している。従来、監視主義と言えば、国家がふりかざすものであったが、今では、その対象が民間企業になってしまったとも言える。このような状況に至った経緯を考えると、いくつかの特徴が見えてくる。GAFA等のDPFが提供しているサービスは依存性が高いため、ユーザを容易に取り込んでしまうのだ。同時にユーザよりもDPFの方が技術的、情報的に優位にあるため、ユーザはついDPFに権威を与えてしまうことにもなる。また、同時多発テロやコロナパンデミックのような危機には、安全という大義名分の下、個人情報の集約が正当化され、結果としてDPFの行為を正当化することにつながってしまった。さらに、DPFは民間企業であるため、国家対国家のような境界もたやすく超越してしまう。日米の対立下でも、日米のDPFは相互に連携していたりするのだ。

 堤氏は、こうした実態を踏まえ、データはできる限り分散した方が良い、という提言をしていた。デジタルデータが1カ所に集約するほど、データが意図しない方法で利用され、また漏えいするリスクが増大し、個人は脆弱になるからである。

4 パネルディスカッション

 プログラムの最後は、パネルディスカッションである。パネリストは、第1部、第2部ともに大学教授の山本龍彦氏と宮下紘氏、読売新聞編集委員の若江雅子氏、前デジタル大臣政務官の山田太郎氏であり、コーディネーターは日弁連の第2分科会実行委員が務めた。2部構成のパネリストは共通なので、以下、議論のポイントを紹介する。

 ウェブを利用すると自分の閲覧履歴は、閲覧中のウェブページ以外のサードパーティによって蓄積される。この閲覧履歴は、各個人に提供する広告の選別(ターゲティング広告)に用いられる訳だ。この仕組みについて、若江氏は、この仕組みを各個人に提供する情報の選別に利用するようになれば、プライバシーだけの問題ではなく、民主主義の問題にもつながる、という問題点を指摘した。非常に重要な指摘である。

 山本氏からは、力を持ったDPFの問題点およびその特徴が述べられた。ただし、山本氏は、国家が暴走したときには、DPFが、それを制止する力になり得るということも考慮して、DPFに対する規制を考えなくてはならないと述べた。国家とDPFという2大権力のバランスが重要ということであろう。

 また、情報の収集過程の問題点についても議論された。山田氏は、日本においては個人情報を一度預けてしまうと、その後のコントロールができないという問題を指摘し、個人情報を蓄積している側の透明性を高め、誰がデータを見たのかを本人が確認したり、消したりできるようにしていく必要性を主張した。

 個人情報の保護では、欧州のGDPR(一般データ保護規則)が非常に高い水準にあるが、宮下氏によれば、欧州では、戦時中の経験から、個人情報を個人の尊厳の問題と捉えており、「自動処理の下では、些末なデータはもはや存在しない」との意識が根付いているとのことである。データを集約することがいかに危険か、ということだ。

 日本は、マイナンバーをデータ集約のインフラにしようとしている。パネルディスカッションの後半では、この点についても議論がなされた。マイナンバーの利用分野を拡大することについては、十分な議論と法的措置がとられるべきということが複数のパネリストから主張された。

5 おわりに

 第2分科会で行われた報告、議論の全ては、とても紹介しきれない。普段意識していないデジタル社会の「陰」に大いに光が当てられた分科会であった。デジタル社会における問題は、単にデータが漏洩するという次元の問題ではない。AI、DPFという脅威が、プライバシーを丸裸にし、さらには民主主義すらも脅かしかねない問題なのである。