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プレシンポジウム「デジタル社会における地方自治体のまちづくり」

会報「SOPHIA」令和4年10月号より

中部弁護士会連合会 公害対策環境保全委員会 委員
家 田 大 輔

1 9月9日に中部弁護士会連合会の公害対策・環境保全委員会は、人権擁護大会第2分科会「デジタル社会の光と影」のプレシンポジウムとして、「デジタル社会における地方自治体のまちづくり」と題しシンポジウムを開催した。当委員会では、人口減少社会における地域のあり方について調査しており、課題解決の手段として行政のデジタル化に着目している。

2 第1部基調講演等

(1)後藤仁志教授の基調講演

 本シンポジウムの冒頭に、豊橋技術科学大学情報メディア基盤センターの後藤仁志教授が「自治体デジタルトランスフォーメーションを考える~大学DX推進担当の立場から」と題して基調講演を行った。

 後藤教授は、日本はデジタル化に遅れており、世界デジタル競争力ランキングでは64ヶ国中28位、先進7ヶ国中6位であることを指摘したうえで、コロナ禍において行政のデジタル化が進められようとしていることを話された。行政のデジタル化の取組を振り返ると、コロナ禍前には平成6(1994)年に行政情報化推進基本計画によりデジタル化が始まり、行政手続のオンライン化による住民基本台帳ネットワークができ(平成15(2003)年)、官民データ活用推進基本計画(平成28(2016)年)へと進んだ。そして、令和2(2020)年に新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにデジタル化が加速し、令和3(2021)年にはデジタル庁の設置や、デジタル関連法が制定された。さらに今後は、自治体の情報システムの標準化・共同化が進み、データがガバメントクラウドに移行されていく。今後、自治体情報システムの標準化・共同化が進められると自治体業務は劇的に変わるかが鍵になる。さらに、ガバメントクラウドへの移行には必要なデータだけではなく、連携するシステムの開発、情報セキュリティ及びシステム間の相互接続指針等が重要である。

(2)神沼英里准教授の基調講演

 次に、名古屋市立大学大学院芸術工学研究科情報環境デザイン領域の神沼英里准教授が「AIの共同研究およびDX人材の育成」と題して基調講演を行った。

 神沼准教授は、DX推進の背景として、日本にはデジタル投資の遅れがあると指摘した。たとえば米国と日本を比べると、米国では1994年から現在に至るまでに約3.5倍に投資額が増加されていたのに対して、日本では1994年から現在に至るまで投資額が変わらない。デジタル投資額とGDPの動きはほぼ連動していると言われるが、日本でのデジタル投資の遅れが「失われた30年」の原因とされており、デジタル化による経済成長は小幅に留まっている。そして、日本企業が現在の状況のまま2025年を迎えると2025年から2030年の5年間で最大12兆円の経済損失が生じ、この損失のリスクは2025年の壁と言われている。IT産業の経済成長率も小幅なものに留まる。

 令和3(2021)年にデジタル庁が発足し、デジタルを利用して社会課題を解決することに重きが置かれているが、そのためにはデジタル人材の育成・確保が重要になる。しかし、IT人材は約6割が東京圏に偏っており、IT技術者の偏りを是正することが課題になる。そのためにIT人材を地域へ還流促進する取組が行われている。

 名古屋市立大学では、2023年にデータサイエンス学部が設置される予定であり、中部地域のIT人材の育成に携わっているが、学生だけではなく、社会人もDX技術を学び直しスキルを習得するリスキリングも重要になる。

(3)武田賢治弁護士の報告

 さらに、仙台弁護士会の武田賢治弁護士が、日弁連空き家問題・地域再生に関する政策提言PTにおいて、地方公共団体が進めている情報システムの標準化・共同化に関する関係者に対するヒアリング調査の結果を報告した。

 武田弁護士は情報の管理方法について一元管理、分散管理について解説をしたうえで、住民基本台帳ネットワーク事件最高裁判決を紹介した。同判決では、行政機関が住民の個人情報を同意なく収集、管理又は利用することについて情報を一元的に管理することができる機関又は主体が存在しないことを指摘している。このように最高裁は一元管理に消極的であり、分散管理の方が望ましいとする。さらにセキュリティについては、外からの攻撃によるセキュリティと、組織内部におけるセキュリティに分けて考えるべきであり、外からの攻撃によるセキュリティ対策をするには、セキュリティホールができないように国と市町村がセキュリティポリシーを議論して折り合いをつける必要があること、組織内におけるセキュリティ対策をするには、アクセスできる人間を限ったり、決まりを定めたりすること、自治体情報システムの標準化・共同化については、セキュリティを統一させるべきであることが話された。

3 第2部パネルディスカッション

(1)第2部のパネルディスカッションは、パネリストとして基調講演を行った後藤教授、神沼准教授の他、棚田祐司氏(豊田市デジタル化推進担当専門監(総務省からの出向))が加わり、当職がコーディネーターとして進行した。

 パネルディスカッションのテーマは①自治体情報システムの標準化・共同化、②自治体のDXであった。

(2)テーマ①自治体情報システムの標準化・共同化について

 自治体情報システムの標準化・共同化を進めるにあたり、ガバメントクラウドと市町村のサービスとを連携させる際に、セキュリティに危険が生じる可能性がある。尼崎市における住民基本台帳ネットワークの情報が入ったUSBの紛失騒動を例に、情報と個人の結びつきや情報を取り扱う者を限定すること、ポリシーの設定をすべきであること等の指摘があった。

(3)テーマ②自治体のDXについて

 テーマ②自治体のDXについて、冒頭に棚田氏から豊田市のDXの取組について報告があった。豊田市は平成の大合併により山間地域が増え、市の面積が広域化したが、人口は旧豊田市の中心部に集まっており、都市と山村部が存在する日本の縮図のような自治体である。この自治体では、デジタル技術を活用し、広域化した地域において市役所との物理的な距離を意識せずに市全域で行政サービスを受けられる取組が行われている。また、行政が手作業で行っていた作業をデジタルで効率化し、効率化した時間を市民のための行政サービスに使うことができる。

 デジタル社会においては、地域や年齢による情報格差の解消も必要である。同じ教室で同じことを学んでもついていけない、学ぶ機会はあるがデジタルが苦手な人が一定数いる。国において誰一人取りこぼさないようにするには、デジタル化にうまく対応できない人をサポートしていく対策も必要となる。

 人材育成においては、データサイエンスで学んだ人材がこれから増えてくるであろうが、受入れ側においてどういう人材にどのような活動を求めるのか受入れ側の基盤を築く必要がある。

 会場質問では、小規模自治体がIT化に対応できずに取り残されることになるのではないかという質問があった。これに対して、小規模自治体も含めた広域で使うシステムを作るべきであり、その際に大規模自治体が多くの費用を負担してもよいのではないかという回答があった。

 またIT技術を学びなおすのは難しいのではないかという質問に対しては、今は学ぶことが難しくないという回答があった。

4 本シンポジウムは行政のデジタル化が加速的に進み始めた令和4(2022)年において、地方自治体のあり方を考えるものであった。自治体情報システムの標準化・共同化は2025年を目標に進められているが、これにより自治体の業務は大きく変わることとなる。自治体情報システムの標準化・共同化は国が主導しているが、自治体独自の取組を阻害してはならない。行政のDX化は単に効率化を図るものではなく、さらなる行政の価値を生み出すものである。本シンポジウムでは日本の縮図である豊田市の例をもとに議論された。

 また、行政のデジタル化を進めるにあたりIT人材の育成が課題になるが、本シンポジウムでは、データサイエンス学部が設置される予定である名古屋市立大学の取組にも着目された。

 今後、行政のデジタル化がどのように進められ、地域にどのような影響が生じるのか、国と地域の関係も踏まえて地域の立場から引き続き注目していきたい。