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新連載 デジタル社会と弁護士(1) 知っておきたい「デジタル遺産の相続対応」

会報「SOPHIA」令和3年8月号より

弁護士業務改革委員会 副委員長・リーガルテック部会員 庄 司 俊 哉

【連載開始にあたり】

 弁護士業務改革委員会のリーガルテック部会では、弁護士業務とリーガルテックについて研究していますが、その研究成果を会員に還元するために、これから3か月に1回の割合で「デジタル社会と弁護士」と題する連載記事を部会員により執筆します。
 本稿では、デジタル遺産の相続について、急に相談を受けても困ることがないように、ある程度の心の準備をしていただくことを目的に紹介しています(紹介している法令や金額は2021年6月末時点のものに基づく)。

【設例】*

①私が死亡すると、TOICAのようなIC型のチャージ式電子マネーは相続の対象になりますか。
②私が死亡すると、航空会社のマイレージは、相続の対象になりますか。
③遺言で、私の死後にSNSのアカウント削除をさせることができますか。
④デジタル遺産にかかるサービスの利用規約上「利用者の相続が発生した場合、利用者の地位及び権利は消滅し、相続の対象とならない」と規定されていた場合、争うことはできないのですか。

【デジタル遺産とは?】

 今のところ明確な定義はありません。ただ、「被相続人が保有していたデータ及びデータを保存している媒体」と考えられ、「通信ネットワーク上のサービスに基づいて法律上・契約上発生する財産的価値」も含まれると考えられています。これが問題となるのは、法的な整理が十分ではなく、多種多様なデジタル遺産の相続を法的にカバーできていないことにあります。簡単に言えば、「デジタル遺産の相続対応は、サービス提供事業者との契約・約款ごとにバラバラな状況」が現状です。これは決して望ましい状況ではないため、将来的には統一的な法制度が確立されるかもしれませんが、現時点では個別に検討する対応が求められています。
 以下説例ごとに検討していきましょう。

【説例① 前払式支払手段について】

 IC型のチャージ式電子マネーは、一般的には資金決済法における「前払式支払手段」に該当します。
 これを前提に、まずはTOICAであればインターネットでも閲覧可能な「東海旅客鉄道株式会社ICカード乗車券運送約款」をみてみます。ところがここには相続に関する記載はありませんでした。チャージ額の最高が2万円と低額であることや、払戻し手数料220円を支払えば容易に払戻しに応じてもらえることから、現状、相続があまり問題視されていないからだと考えられます。
 ちなみにJR東日本のモバイルSuicaについては、ウェブ上に「死亡した会員の退会(払いもどし)手続きを知りたい」というページがあり、そちらで退会方法が告知されています。よってこういった相談では取扱会社に問い合わせて手続きを確認することが重要です。

【説例② ポイントの相続性について】

 事業者は顧客獲得等の有効な手段として、消費者がサービス・商品を購入した際にポイントを付与する例が多くみられます。このポイントは相続されるのでしょうか。
 ポイント獲得の際に、対価と引き換えに発行されているポイント(例えばゲーム内通貨のうち特定のゲームでしか使えないもの)については、一定要件のもと、資金決済法の適用がありますが、無償で得られるポイントについては、そういった法規制がありません。そうすると相続対応は、やはりポイントサービスの契約・約款によることとなります。
 例えばANAマイレージ会員規約21条においては、法定相続人によるマイルの承継を認める規定を設けつつ、相続権を有することを証明する書類を会員の死亡後6か月以内に提示することを条件としています。
 つまり、ある程度の財産価値を有するポイントの場合、約款等において相続が認められる例が多いですが、上記例のように権利承継を一定の期間に限定する例もあるので、迅速な対応が求められるといえます。

【説例③ 遺言書の限界について】

 民法964条では、「遺言による財産の全部又は一部の処分」が認められていますが、デジタル遺産の中には、そもそも「遺言の対象である財産」といえるかが不明確なものもあります。
 特にSNSアカウントについては、利用規約においてアカウントの相続を否定している例も多く見られます(例えばEvernoteの「私が死亡した場合、私のアカウントはどうなりますか?」というウェブページ参照)。
 したがって遺言書においては、遺言執行者に対し相続財産に含まれないデジタル遺産の処理を任せることはできないために、アカウント削除の目的を達成するのは困難と考えられます。
 そこで、死後にデジタル遺産の処理を依頼する「死後事務委任契約書」を作成することが、最近脚光を浴びています。ただサービス利用規約において、本人死亡後の契約解除権者に、「死後事務受任者」が含まれないとするものも存在していることに注意が必要です。
 このように考えますと、まず委任者から生前にID・パスワードの提供を受けたうえで、それらを利用してアカウントを削除することを死後委任事項として定めておく方法が、最も現実的な方法ではないかと考えられます(争いがありますが、受任者が委任者のID等を利用することが、不正アクセス禁止法違反ではないとの解釈を前提としています)。

【説例④ デジタル遺産の取扱いの今後】

 ここまで解説してきましたように、デジタル遺産にかかるサービスの利用規約上で権利や地位の相続を否定している規定例が数多くありました。しかし約款や契約によって相続権を制限できるとするならば、そういった条項を使って、契約者が蓄積した財産的価値を意図的に承継させないことが許されてしまいます。そこで、「相続制限条項」を争うことができないかが問題となります。
 まず、このような条項が「定型約款」で定められていた場合には、民法548条の2第2項により「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項」かつ「信義則に反すると認められる条項」であれば、「合意をしなかったものとみなす」とされています。
 当該規定に関する判例は未だ出されていませんが、例えばSNSやクラウドサービスにおいては、利用者が個人であり属人的な利用が想定されるのが一般なので、その相続を否定することは、今のところ「信義則に反する」とまでは言いにくい可能性があります。他方で財産価値の承継に係る場合には、将来的に信義則に反するとする判例も出されるのではないかと考えられます。これらの考え方は、消費者契約法10条の適用による無効でも同様に考えられるのではないかと考えます。
 なお2018年にはドイツ連邦通常裁判所において、死亡した子のFacebookアカウントに、相続人たる母親がアクセスする権利を認める判決が出されています。サービス提供主体の多くが海外に拠点を有していることからも、こういった海外での司法判断の状況も意識しておきたいところです。

*設例①~④及び回答は、笹川豪介他著「Q&Aで分かる!デジタル遺産の相続」及び東京弁護士会法友会編著「死後事務委任契約実務マニュアル」を参考にさせていただいた。