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刑事弁護人日記(99)控訴審での逆転無罪判決の報告~過失運転致傷罪について結果回避可能性を否定~
会報「SOPHIA」 令和6年3月号より
会 員 出 口 敦 也
1 国選弁護人として控訴審を担当した過失運転致傷被告事件で、逆転無罪の判決を得たので報告する。
2 被告人は、ある日の午前8時頃に自動車を運転して片側1車線の国道を走行中に、右手にあるコンビニ駐車場に右折進入しようとした。被告人の対向車線は渋滞中だったため、被告人は対向車(乗用車)の停止を確認してその前面で右折を開始し、対向車線の道路外側線付近で停止したが、停止とほぼ同時に、外側線上を走行してきた原付バイクと衝突し、転倒した原付バイクの運転手が負傷した。
検察官は、渋滞停止車両の左側には二輪車の通行余地があり、同停止車両のために見通しが困難であったから、被告人は同停止車両の面前で一時停止し、小刻みに発進停止を繰り返すなどして通行余地が見通せる地点まで進出して安全を確認すべきであったのに怠った過失があるとして、被告人を起訴した。
3 原審弁護人は、原付バイクが走行してきた通行余地は渋滞停止車両によって見通しが悪く、被告人が安全を確認できる地点はなかった旨主張して、結果回避可能性を争った。
しかし、原審判決は、車両の先頭が外側線に至るまでに被告人が左方向を見通せる地点は存在しているはずであり、その地点が特定されていなくても被告人に注意義務を課せないことにはならないとして、検察官が主張した被告人の過失を認めた。
4 そこで、控訴趣意書では、証拠から各車両の位置関係をできるだけ詳細に指摘し、被告人が左方向を確認することで原付バイクを発見して衝突を回避できた地点は存在しなかったとして、原審の事実誤認を主張した。
裁判所も、検察官に結果回避可能性について更なる立証を求める釈明命令を発した。
5 これを受けて検察官は、事故時の防犯カメラ映像をもとに警察官が事故状況を考察した捜査報告書(検1)と、その考察を基に被告人からの見通しを模擬車両で再現実験し、原付バイクを見通せる結果となった旨の捜査報告書(検2)を証拠請求したが、いずれも不同意とした。警察官による事故の考察やそれを基にした実験は客観性に欠くことは明らかで、およそ同意できるものではなかった。
そこで検察官は、検1と検2を作成した警察官を証人請求したが、客観性を欠く捜査報告書の内容や作成経緯の供述は関連性を欠くと思ったので異議を出した。裁判所は当該警察官の尋問を採用したが、その尋問で原審が採用した実況見分調書の内容の一部が客観的な事故状況と異なることが明らかとなった。
尋問後、裁判所は検1を却下したものの、検2については採用決定した。弁護人としては、検1に警察官の恣意が入り込んでいることを尋問で明らかにできたと考え、その検1を前提とする検2は採用すべきでないと異議申立てを行ったが、認められなかった。
6 結局、判決では、被告人からの見通し状況は検2の実験結果からは判断できないと認められた。そして、被告人の視線から原付バイクを発見できる位置は認定できず、結果回避可能性は認められないとして、原審の事実誤認を認めて無罪となった。
7 控訴審では、原付バイクが合法に走行できる通行余地はなく、被告人に予見可能性がないとの主張もしたが、これは排斥された。
検2の採用により有罪を覚悟したが、正しく証拠を評価されたことで無事に無罪となり、被告人と熱い握手を交わすことができた。