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連載 弁護士探訪(6)私の弁護士人生と名張毒ぶどう酒事件~鈴木泉会員(28期)~

会報「SOPHIA」 令和5年11月号より

会報編集委員会

 大好評の連載「弁護士探訪」、今回は鈴木泉会員(28期)にお話を伺ってきました!

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 鈴木会員は、昭和58年から名張毒ぶどう酒事件の弁護団に加入しました(当時は第5次再審請求中)。そして、平成14年の第7次再審請求から弁護団長に就任し、現在も弁護団長として第10次再審請求について最高裁に特別抗告中です。

 刑事再審については、いわゆる袴田事件の再審公判が開始されたり、刑事訴訟法の改正についての議論がなされたりしており、読者のみなさんの関心も高まっていることと思います。

 名張毒ぶどう酒事件は、言わずと知れた著名再審事件であり、当会の会報でも、平成30年10月号の「連載 昭和の著名事件を語り継ぐ(最終回)」で鈴木会員へのインタビュー記事を掲載しました。

 平成30年当時までの名張毒ぶどう酒事件の詳細については上記会報をご参照いただくとして、本記事では、平成30年10月号では触れられていない内容や、鈴木会員の弁護士としての人生観等にも踏み込んだインタビューの内容を掲載します。

 興味深いお話が盛りだくさんで、鈴木会員の熱い弁護士魂も感じられますので、是非お楽しみください!

■法曹を志したきっかけを教えてください。

 高校生の頃から柔道ばかりやっていましたが、大学1年生の学園祭のときに、八海事件(※1)の共犯とされた稲田さんの話を聞きました。第一審で無罪、控訴審で有罪、最高裁で破棄差戻しになったものの第一審でまた有罪になり、3度目の控訴審の最中でした。世の中には無実であるのに死刑や長期懲役刑を受ける人がいるのだということを知り、ショックを受けました。そのような人を支える弁護団の存在を知り、その頃から弁護士になろうかなという思いが出てきました。その後、東大闘争が起きて柔道どころではなくなり、セツルメント活動を行ったりもしましたが、八海事件の弁護団のような弁護士になりたいという気持ちが、心のどこかにずっとありました。

※1 山口県熊毛郡麻郷村八海で発生した強盗殺人事件。2度の差戻しを経て、3度目の最高裁で被告人5名のうち4名が無罪となった。

■弁護士になった当初から刑事事件はよくやっていたのですか。

 司法修習生のときから、今で言う共助のような制度を使って、名古屋南部法律事務所(当時)の水野幹男会員が弁護人をやっていた事件に関わらせていただきました。その事件は弁護士になっても関わらせていただき、弁護士になって2年くらい経った頃に無罪判決(一審で確定)を経験しました。

 しかし、法テラスが弁護人を選ぶ制度になってから、名張毒ぶどう酒事件以外は国選弁護人はやらなくなりました。検察と闘う立場にある弁護人が法務省から選ばれるという制度はおかしいと思ったからです。

■刑事弁護以外では、どのような業務を手掛けていますか。

 所属した名古屋南部法律事務所では労働事件が多かったです。不当労働行為で解雇された人の民事事件等、労働者側の労働事件をやっていました。

 独立してからは典型的な街弁です。何でもやっています。

■一宮に事務所を構えられたのはどうしてですか。

 私は名古屋生まれで、3歳の頃から小学校まで東京で暮らし、中学から名古屋に戻ってきました。もともと一宮には縁もゆかりもなかったのですが、結婚後、抽選で江南団地が当たって住むことになり、この土地で活動するようになりました。

 独立した頃の一宮支部の弁護士は、私を入れて5人で、実働をしているのは2人だけでした。裁判所からの事件等も含め、一宮の事件の多くが自分のところに来ていたように思います。良い時代に良い場所で独立したなと思います。

■独立してから仕事のスタンスは変わりましたか。

 独立した当初は使用者側の労働相談は受けないと決めていたのですが、今はどちら側ということは特に決めずに、使用者からの相談も受けています。むしろ可哀そうな使用者も多いと感じています。

 ただ、うちの事務所は、暴力団関係者、貸金業者、風俗営業者の依頼は受けないという方針は決めていて、そのような方の相談はお断りしますという案内板を受付に置いています(実際に見せてもらいました)。

■今の事務所に移った経緯を教えてもらえますか(3階建てで、中心に吹き抜けがあります。記念に写真を撮らせていただきました)。

 最初の事務所のときは一人でやっていたのですが、弁護士が増えて手狭になったので、土地を買って事務所を建てました。間取り等は妻と一緒に考えました。妻には今も事務長をやってもらっています。

■当会の人権擁護委員会委員長や日弁連の人権擁護委員会副委員長も歴任しておられますが、どのような活動をされてきましたか。

 若いときに日弁連の人権擁護委員会の委員になって毎月日弁連に行っていました。現在は名張毒ぶどう酒事件の関係があるので、人権擁護委員会の特別委嘱を受けています。日弁連は、弁護団に事務員を派遣してくれたり、鑑定の謝礼等の実費を支給してくれたりするので有難いです。

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※鈴木会員の事務所の吹き抜け前で撮影

■人権活動をされる原動力は何でしょうか。

 かっこいい言い方になってしまうかもしれませんが、弁護士の社会的使命という気持ちが強くあるのだと思います。ただ、日弁連の活動を精力的にやっているときは事務所を留守にすることが多く、留守を預かる妻には苦労をかけました。

■名張毒ぶどう酒事件の被告人である奥西さんとの関わりで、印象に残っていることはありますか。

 奥西さんとは何度も面会しましたが、すごく大人しい人です。ドラマチックに自分が無実だと訴える場面はあまりありませんでした。ただ、事件の頃のことをできるだけ詳しく思い出して話してほしいという私のリクエストに対しては、何十通も手紙を書いて送ってくれました。そこでも事実関係が淡々と書かれていました。

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■これまでの再審請求を通じて、現在の再審制度には問題があるとお考えでしょうか。

 再審で無罪になった事件のほとんどが、確定判決まで検察官が開示しなかった証拠が新たに開示され、それがきっかけで無罪になっています。

 ということは、冤罪の原因は、検察官が手持ちの証拠を開示しないことにあると言ってもいいと思います。検察官が証拠を隠したままでまかり通る、そのような制度であることが問題です。すべての証拠を見せて有罪だと判断してもらう、検察官がこういう態度であれば冤罪は防げるのです。

 ところが、現在の再審制度は、証拠開示の規定がありません。規定がないのに裁判官が証拠を出せと言うと、検察官は反発します。その反発を恐れてか、証拠開示に消極的な裁判官が圧倒的に多いと感じます。再審制度に証拠開示の規定ができれば、裁判官はその規定を適用して証拠開示を促すことができます。

■証拠開示が非常に重要なのですね。

 再審開始の原動力の1つは証拠開示です。検察官がもともと持っていた証拠の中に決定的な無罪証拠があったというものです。もう1つは、科学の発展の結果、当時の証拠(鑑定等)が間違っていたことが判明するというものです。例えば、足利事件のDNA鑑定が挙げられます。

■名張毒ぶどう酒事件でもやはり証拠開示の問題はありましたか。

 ありました。第10次再審請求で、弁護団が提出した新証拠のうち最も有力な新証拠は、封緘紙の裏面に塗られた糊の鑑定です。これは、現場公民館の捜索で発見されたぶどう酒瓶の封緘紙(開栓すると破れるように外栓の耳に巻かれた封緘紙)の裏面に、製造時に使われた糊とは別の洗濯糊が付いていることを明らかにした鑑定です。これにより、真犯人が封緘紙を破って開栓し毒を入れた後開栓したことが分からないようにするために、破った封緘紙を洗濯糊で貼り直したという疑いが出てきました。そして、ぶどう酒瓶にこのような偽装が施されていたのなら、宴会に参加した村人が見たぶどう酒瓶には、ちゃんと栓がはめられ封緘紙が装着されていたことになります。実は第7次の異議審で裁判長から検察官に対して、ぶどう酒瓶に封緘紙が装着されていたのか外されていたのかに関する関係者の供述調書は存在するか、との求釈明がなされ、検察官は明確に「存在しない」と答えました。それが第10次の異議審で、よく調べたら有りましたと言って出てきたのです。

 出てきた証拠は、宴会準備の時に見たぶどう酒瓶には封緘紙が巻かれていましたという3人の村人の供述調書です。そのうち2通はその部分だけが問答形式でとられていました。確定判決は公民館にぶどう酒瓶を運んだ奥西さんがそこで毒を入れたと判断していますが、この供述は糊の鑑定と相まって、公民館に運ばれる前に毒が入れられた事実を推認させるもので、確定判決を根底から覆す新証拠と言えます。

■検察官が隠していた供述調書に問答形式で重要な供述が書かれていたのであれば、決定的な証拠になるのではないですか。

 ですが、異議審は、新規明白な証拠とは認めませんでした。封緘紙が破れていたかどうかは、必ずしも関心を持って観察することではないのでその供述の信用力には限界がある、というのです。

■名張毒ぶどう酒事件は、聞けば聞くほど無罪ではないかという印象を抱きます。素朴な疑問ですが、裁判官は心から有罪だと思っているように感じられるのでしょうか。

 本件に関わっていた裁判官の言葉を借りると、最高裁の決定というのは、裁判官にとっては「そびえる山」のようなものなのだと思います。簡単に覆せば三審制ではなく四審制になってしまう。それだけ重い。有罪だと思っているというより、最高裁の決定を覆すというのは裁判官にとって相当勇気のいることなのだと思います。しかし、人権の守り手であるべき裁判官は決定が誤っていると判断したなら、勇気を持って再審を開始すべきと思います。

■再審制度以外で、日本の刑事司法に問題は感じますか。

 人質司法の問題が挙げられます。逮捕したら自白するまで保釈もしない。自白したら、まず間違いなく起訴されます。そういう現状があるから、逮捕されたけど無実を訴える人については、身柄をできるだけ早く解放させることと、自白させないということが重要です。

 現在の日本は、保釈を認めて、被告人が逃げたら裁判官が責任を感じるという風潮がありますが、それはおかしいと思います。

 名張毒ぶどう酒事件でも、早い段階で弁護人がついていれば自白はしなかったかもしれないし、自白がなければ起訴されなかったかもしれません。

 あとは、何といっても自白偏重の裁判の問題があります。人質司法と自白偏重は、冤罪を生む車の両輪だと思います。

■名張毒ぶどう酒事件の弁護団は現在、どのような活動をしているのですか。

 毎月1回の定例弁護団会議で、最高裁に提出する意見書や新証拠を検討し、でき次第順次提出するという地道な活動が基本です。

■弁護団の人数や会議の様子を教えてください。

 弁護人選任届を提出している弁護団の人数は現時点で37名です。弁護団会議に参加しているのは20名ほど、遠くは金沢、神戸、東京、浜松からの参加で、出席率がよく、議論も活発です。ただコロナ禍が始まってからは、リアルとZoomを併用したハイブリッドで弁護団会議をやっています。

■鈴木会員にとって名張毒ぶどう酒事件とは。

 (少し考えてから)僕の弁護士人生そのものです。こういう判決が何も見直されないということを放ってはおけない、という思いです。

■これからの弁護士人生のビジョンはありますか。

 名張毒ぶどう酒事件が無罪になるまで死んでも死にきれません。街弁としての仕事は年齢のこともあるので、ある程度の年齢に達したら若い人に任せようと思っていますが、名張毒ぶどう酒事件だけは最後まで離れないでやろうと思っています。それ以外は特にありません。

■最後に、当会の後輩達へのメッセージをお願いします。

 弁護士としての仕事の中に、社会的に弱い立場にいる人に目を向ける、そういうものを必ず1つ、2つは持っていてほしいと思います。

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 興味深く、熱い話の数々。本当にありがとうございました。