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【連載企画】気候危機は待ったなし!第3回 気候訴訟、最前線~諸外国の動向・日本の現状~

会報「SOPHIA」 令和5年11月号より

公害対策・環境保全委員会

1 気候訴訟とは

 連載第3回目は、世界各地で提起されている気候訴訟を取り上げ、日本での状況についても紹介します。

 国連のグテーレス事務総長による「地球温暖化の時代は終わった。地球沸騰化の時代が来た」との発言(2023/7/27@国連本部)。この夏、連日の猛暑日を体験した私たちは「地球沸騰化」との表現に大いに賛同できるのではないでしょうか。暑さが嫌いじゃないはずだった筆者ですら、今夏は炎天下の駅と裁判所の徒歩での往復で命の危険を感じました。そしてこの10月、11月の連日の夏日は異常です。温暖化、気候危機は、待ったなしです。

 気候変動問題への取り組みとして、近年、数の増加、その実効性により注目されているのが気候訴訟です。

 気候訴訟とは、気候変動に対する緩和、適応、及び気候科学に関する法または事実を主要な争点とする訴訟、と定義されます。具体的には、気候変動による影響や被害を人権侵害ととらえ、法の力で気候変動問題に対応しようとするのが気候訴訟です。その数はCOP21パリ協定(2015年)に前後して飛躍的に増加し、2021年時点で2000件近い気候訴訟が世界で提起されています。これには、気候科学の知見の進展に加え、国際的な合意目標であるパリ協定が目指すものと各国の国内法の中身のギャップが明確となったことが影響しているものと思われます。

 気候訴訟には幾つか類型があります。まず、対公的機関の訴訟として、政府の気候目標・政策の実施や公的資金の流れに異議を申し立てるものがあります。次に、対企業の訴訟として、企業の気候変動への寄与に対して損害賠償を求めるもの、企業の事業活動や戦略の転換を求めるもの、有害なプロジェクトの実施阻止を目的とするもの等があります。気候訴訟の法的根拠は、憲法、民法、行政法、会社法をはじめとして、国内の気候変動関連法の違法性・違憲性を争うものもみられます。

 ここでは、世界的に注目されている3件の気候訴訟を紹介します。画期的な勝訴判決を得て、世界の気候訴訟に多大な影響を与えた886人の市民及び環境NGOアージェンダvs.オランダ政府の訴訟(2013年提訴)、ドイツの気候保護法の一部違憲判決を勝ち取った若者グループvs.ドイツ政府の訴訟(2020年提訴)、グローバルサウスからの現在進行形の訴訟として注目されているペルーの農民Lliuya氏vs.ドイツ最大の電力会社RWE社との訴訟(2015年提訴)です。

2 世界の気候訴訟

(1)市民及び環境NGOアージェンダvs.オランダ政府:最高裁判決

 2013年、オランダの環境NGOアージェンダ(Urgenda)は、賛同する886人の市民原告とともに、オランダ政府が掲げる温室効果ガス削減目標は不十分で違法であるとして、ハーグ地方裁判所に民事訴訟を提起しました。

 提訴はパリ協定(2015年)の合意前で、原告らは、オランダ政府による消極的な気候変動対策が不法行為を構成すると主張しました。気温上昇を産業革命以前と比べて2℃以内に抑える(パリ協定の目標)ためには、先進国が温室効果ガスの排出を2020年までに1990年比で25~40%削減する必要がありますが、オランダ政府は2012年に削減目標を30%から20%に引き下げていました。このような政府の行動をとらえて、政府が気候変動による国民の生命や健康への深刻な影響の回避のための対策を怠っているとしたのです。

 2015年6月、ハーグ地方裁判所は、危険な気候変動による深刻な影響は国民、特に将来世代にとって切迫した人権侵害であり、政府はこれを防ぐために国内において排出削減手段を取る義務があるとして原告の請求を認め、政府に対し、2020年までに温室効果ガス排出を1990年比で25%削減する対策を講じるよう命じました。そして、オランダ最高裁は2019年12月にオランダ政府の上告を棄却、政府の敗訴が確定しました。一国の最高裁が、国に対して具体的な気候変動対策を命じたのはこれが世界初です。

 原告の全面勝訴という結果は、原告チームの訴訟戦略が大きく関係していると言われています。闘うターゲットを企業にすると、当該企業による温室効果ガスの排出と気候変動の因果関係の立証が必要になります。そこで、原告チームはターゲットを国の削減目標に設定し、因果関係論を回避しました。また、国連機関等が公表する科学的事実を争いのない事実として裁判所に丁寧に説明したのです。

 アージェンダ気候訴訟は、訴訟によって国家の気候変動対策を動かせることを確信に変えた訴訟でした。これに続き多くの気候訴訟が提起され、勝訴判決が続きました。次に紹介するドイツ憲法裁判所の違憲判決も、アージェンダ気候訴訟の展開の先に生まれた判決です。

(2)若者グループvs.ドイツ政府 ドイツ連邦憲法裁判所による気候保護法違憲判決

 この訴訟は、気候変動問題における世代間格差・対立に向き合ったものとして、注目されています。

 2020年、未来のための金曜日(Fridays For Future、通称FFF)の活動に参加する若者らが、ドイツの連邦気候保護法が掲げる温室効果ガス削減目標が不十分であるとして、ドイツ政府を相手取り、ドイツ連邦憲法裁判所に憲法異議訴訟を提起しました。FFFは、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが2018年に始めた気候のための学校ストライキに端を発します。グレタさんに共感し、ドイツでも若者たちが授業をボイコットして政府に気候変動対策の徹底を訴え、2019年9月20日に行われた気候デモはドイツ全土で140万人の参加という空前の規模となりました。

 メルケル政権(当時)は、2019年12月、温室効果ガス排出量を2030年までに1990年比で55%削減し、2050年までに正味ゼロにするなどとした連邦気候保護法を制定しました。しかし、脱石炭火力発電の実施時期を先延ばしして、温室効果ガス排出量の上限を2030年までしか定めず、2031年以降の上限値を明記しないなどの消極的姿勢が目立ち、若者を失望させました。消極的な政策は、気候変動の進行を阻止するためのコストを、現役世代ではなく、若者やこれから生まれてくる将来世代に押し付けるものにほかなりません。

 2020年1月、9人の若者が、連邦気候保護法の対策は不十分で、将来世代である彼らの憲法上保障される基本的人権が侵害されているとしてドイツ政府を提訴。2021年4月、ドイツ連邦憲法裁判所は、連邦気候保護法の一部違憲判決を言い渡しました。

 この結果は多くの法律家の予想に反するものでした。若者たちが勝訴すると予想していた法律家はほとんどいなかったのです。ドイツには憲法裁判所があり、法令が憲法(ドイツ基本法)に違反する場合はその無効や修正を命ずる判決を求めることができますが、この訴訟で原告が主張する、政府が負担する国民の生命・健康の「保護義務」違反はハードルが高いとみられていました。ドイツ連邦憲法裁判所が環境問題で保護義務違反を理由に違憲判断をした前例がなかったからです。

 ドイツ連邦憲法裁判所が言い渡した判決は、国の保護義務違反そのものは認めませんでしたが、原告を一部勝訴とする判決を出しました。ドイツ連邦憲法裁判所は、連邦気候保護法は、将来世代の自由を保護する手立てが不足しており、それは政府の手落ちであって部分的に違憲だとして法の修正を命じたのです。

 判決の論理はこうです。2031年以降の温室効果ガス排出量の上限値が法に明記されていないことによって、将来世代が現代の私たちよりももっと厳格な温室効果ガスの削減努力をしなければならなくなる可能性がある。その結果、将来世代の市民権(自由)は現代よりも大幅に制限されるかもしれない。科学的事実として、気温上昇を抑えるためには温室効果ガスの排出量を抑えるしかない。現代世代の私たちが温室効果ガスの排出削減目標を甘く緩く設定することのツケを、将来世代に押し付けてはならない。国は各世代間の負担を公平にしなければならないのに、法はその手立てを取っていない、というものです。

 ドイツ連邦政府は、この判決から僅か13日で、連邦気候保護法の改正案を閣議決定し2021年6月の連邦議会で気候保護法を改正しました。改正には、2031年から2040年の温室効果ガス排出量の1990年比削減率の明記、各業界部門の2030年までの排出量上限の引き下げなどが盛り込まれました。この判決によって、メルケル政権下で停滞していた気候変動対策が大きく動き、同政権を引き継いだショルツ新政権では積極的な対策が維持されており、判決のインパクトがいかに大きかったかが分かります。まさに、気候訴訟によって国家の気候変動対策を動かした好例です。

(3)Lliuya vs. RWE社 ペルー農民対ドイツ最大電力会社の現在進行形の気候訴訟 

 前項では気候変動問題における世代間の不公平に着目した気候訴訟を紹介しました。ここでは、気候変動における南北格差から生まれた訴訟を見ていきたいと思います。

 地球温暖化の責任は、産業革命以降、温室効果ガスの排出を増加させてきた先進国にあることは明白です。しかし、温暖化の影響を直接的かつ深刻に受けるのは、発展途上国の人々や先住民族等、脆弱な生活状況に置かれている人々です。

 南米ペルー、アンデス山脈のふもと、人口12万人の町Huaraz。温暖化によって氷河湖の溶解が加速的に進み、湖の水量増加によってダムの決壊が生じれば、大量の水や土石流が町に流れ込み、洪水による被害が甚大となることが予想されています。

 町の農民であるLliuya氏は、自宅が洪水の脅威にさらされているとして、ドイツ最大の電力会社RWE社に対し、6300ユーロを支払え、との民事訴訟をドイツのエッセン地方裁判所に提起しました。6300ユーロは、Lliuya氏が洪水対策として行った自宅の改修費用の0.47%にあたる金額です。この数字がどこからきたかというと、世界中の温室効果ガス排出量のうち、RWE社が排出している割合が0.47%なのです。

 Lliuya氏がRWE社を訴えたのは、同社がヨーロッパを代表するエネルギー企業であり、化石燃料によるエネルギー事業を象徴する存在であったからです。Lliuya氏をドイツとペルーの環境NGOが支援し、訴訟は2015年11月に始まりました。

 Lliuya氏の請求はドイツ民法の妨害排除請求のかたちを取っています。その主張は、RWE社だけが温室効果ガス排出の全責任を負うものではないが、同社はその排出量に応じて地球温暖化に寄与しており、そのことによってLliuya氏の自宅が洪水で倒壊するリスクを作出し、同氏の所有権を妨害しているから、対策に要した費用の0.47%を負担する責任を負うというものでした。

 これに対し、エッセン地方裁判所は1回の弁論のみで結審し、因果関係を否定して請求を棄却しました。気候変動は複雑な因果の連鎖によって生じるのであって、RWE社の排出は大量であっても、それがなくなれば洪水の危険がなくなるというものではないというのです。判決は従来型の因果関係論の枠組みの中に留まるものでした。

 実はこの訴訟、門前払いだった地方裁判所と異なり、高等裁判所が原告の請求に真摯に向き合ったことにより現在も審理が続いています。2022年に裁判所から専門家が現地Huarazを訪問して検証が行われ、今後、報告書に基づいて口頭弁論が行われる予定です。因果関係論を乗り越える判決は出るか、注目が集まっています。

 Lliuya氏の気候訴訟は、気候変動による具体的な被害を前提に提起されたものであり、現に命の危険が切迫している切実な訴えであって、軽視できません。経済発展による恩恵を享受して、温室効果ガスの排出を続けた先進国が加害者とされている点で、加害者側に属する日本に暮らす私たちが目を逸らしてはいけない気候訴訟です。

3 日本における気候訴訟の現状

 世界の気候訴訟の躍動に対し日本で気候訴訟と分類できる訴訟は数件しかありません。

 2011年に環境NGOらが電力11社を相手取り、CO2排出を公害ととらえ公害等調整委員会に公害調停を申請し、申請の却下に対し取消訴訟を提起して上告まで争ったものの、上告不受理に終わったのがシロクマ公害調停・裁判です。申請人に名を連ねた1人(1頭)のシロクマにちなみこう呼ばれました。

 その後、石炭火力発電所の建設・稼働の差止訴訟が、仙台(民事訴訟2017年~2021年)、横須賀(行政訴訟2019年提訴・係属中)、神戸(民事訴訟2018年提訴・係属中、行政訴訟2018年~2023年)で相次いで提起されています。しかし、終結している訴訟はいずれも原告の請求棄却に終わっています。世界の流れと異なり、気候訴訟が気候変動問題を闘う手段になっていないのです。

神戸の石炭火力発電を考える会.png

画像出典:神戸の石炭火力発電を考える会ウェブサイト

 日本では、環境権ひいては気候変動の影響を受けない権利が基本的人権として認識されていないという根本的な問題があります。原告適格は狭く、環境NGOが市民の権利を代表して訴訟を提起できる法的仕組みもありません。公的機関を相手にする場合、環境問題に限らず、行政の裁量を広範に認める傾向があることはいわずもがなです。そしてなんといっても、世論が弱いことが致命的です。

 気候変動問題について発言する人は、意識高い系の人、面倒くさい人等と揶揄するような傾向が日本にはあるように感じます。法曹界にもそんな空気があるのではないでしょうか。気候変動問題に取り組むこと、最低でも問題に関心を持つことは、将来世代にどのような環境や社会を残すのかという人間が生きる上での道徳の問題であると思います。日本が先進国にとどまり続けたいなら、司法消極主義を脱却し、気候訴訟を闘える手段にしなければなりません。オランダ気候訴訟の勝因は、担当した弁護士らが排出削減を国の義務とする法的構成に知恵を絞ったことです。私たち弁護士には日本で気候訴訟が闘える訴訟となるような展開を捻りだしていく使命が課されているのではないでしょうか。

4 世界の最新気候訴訟判決

 この夏、米国モンタナ州で気候訴訟の画期的な原告勝訴判決が出ました。

 モンタナ州は太陽光や風力等の再生エネルギー資源が豊富な土地ですが、2011年に州の気候変動政策法が改悪され、新たな化石燃料の資源開発を行い易くする内容に修正されていました。これに対して、5歳から22歳の若者16人が、化石燃料を優遇する州法は州憲法が保障する州民の環境権(清浄で健康的な環境で生活する権利)を侵害していると訴え、これが認められたのです(2023/8/14判決)。米国でこのような気候訴訟で原告が勝訴するのは初で、ついに米国でも気候訴訟が気候変動問題を闘う手段になったといえます。  

 そう、次は日本、私たちの番です。