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新型コロナと従業員の個人情報

中部経済新聞2021年1月掲載
新型コロナと従業員の個人情報

新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないね。従業員には、常々感染に気をつけて生活してほしいと言っているが、でも、もし感染者が出れば、皆の安心のために、積極的に公表するつもりだよ。
なるほど。ただ、従業員が新型コロナウイルスに感染したことは個人情報ですから、個人情報に関するルールを守ることが必要ですよ。
【病歴と要配慮個人情報】
「従業員Aが、新型コロナウイルスに感染した」という情報は、個人情報の保護に関する法律(以下「法」といいます。)上の、要配慮個人情報に該当します。要配慮個人情報は、個人情報のうち、人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴等を指しますが、この病歴にあたるからです。
要配慮個人情報に該当すると、どういう規制がかかるのだい。
そもそも、個人情報取扱事業者は、不正の手段により個人情報を取得してはいけないというルールがありますが、要配慮個人情報は、不当な差別を招きやすい情報ですので、更に、法の定める例外規定に当たらない限り、その取得には本人の同意が必要であるとされていますよ。また、第三者提供にあたっても規制が厳しくなっています。
新型コロナウイルスに感染すれば就業が禁止されるし、当社にとっては欠勤になるわけだから、A本人から説明があるだろう。そのときには、Aから、最近の行動歴等を聞き取ることになると思うのだけれど、ここで得た情報をもとに保健所からの問い合わせに回答する場合でも、Aの同意がいるのかい。
個人情報保護委員会が作成している「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」では、保健所が行う積極的疫学調査に対応する場合は、法令に基づく第三者提供に該当するとされており、この場合、本人の同意がなくても回答できますよ。
Aの担当取引先に伝えることはどうだい。
個人情報保護委員会は、「新型コロナウイルスに感染した社員が接触したと考えられる取引先にその旨情報提供するにあたり、仮に当初特定した利用目的の範囲を超えていたとしても、取引先での二次感染防止や事業活動の継続のため、また公衆衛生の向上のため必要がある場合には、本人の同意は必要ない」としています。つまり、Aの休暇申請のために取得した情報であっても、感染防止等の目的があれば、Aの同意なく、取引先に、Aが感染したことを伝え、従業員の健康管理に留意してほしい、と情報提供できることになりますね。
なるほど。
他方で、新型コロナウイルス感染症対策分科会では、企業は、感染者や濃厚接触者の性別や年代を原則公表すべきでないとしています。現状、差別や偏見のおそれがあるので、慎重な対応が求められますね。社長 なるほど。でも、感染者を出さないことが一番大切だね。当社では、体温計を準備して、出勤時に検温し、出勤簿に記録することにしたよ。
感染者を出さないのが一番という考えには賛成しますが、体温の情報も個人情報に該当するので、その取扱いには注意が必要ですよ。
【従業員の健康情報取得と体温の情報】
上記ガイドラインでは、体温の情報を、健康診断、診療等の事業等と無関係に取得した場合には、要配慮個人情報に該当しないと明記していますが、「従業員Aの今朝の体温が36.0度だった」という情報が個人情報であることには違いありません。従業員の体温が、厚生労働省通達である「雇用管理分野における個人情報を取り扱うにあたっての留意事項」の「任意に労働者等から提供された本人の健康に関する情報」に該当すると考えれば、「事業者は、労働者の健康確保に必要な範囲を超えて健康情報を取り扱ってはならない」ことになります。今回の体温管理は、その従業員の健康確保だけではなく、安全なサービス提供や、顧客の安心など、複合的な目的があると思われ、このような目的で健康情報を取り扱うことが一切許されないのかについては、今後の議論をまつ必要がありますね。しかし、接客をしない従業員については、自宅で検温させ、一定以上の場合に申告させる等、個人情報の取得を減らすことも検討の余地があるかもしれません。また、出勤簿に体温を記録することで、誰もが体温情報を見られるのも望ましくありません。担当の所属長だけが見られるようにしたらどうでしょう。
発熱があれば休むように言うのは課長だものな。
新型コロナウイルスに感染したとか、感染の疑いがあるという情報は、公衆衛生の点からすれば適切に共有する必要がありますが、従業員個人の健康に関することでもあり、また、残念ながら現状差別や偏見のおそれも無視できません。誤って個人情報を公開してしまうと被害も大きいので、迷ったときには是非ご相談ください。
そうさせてもらうよ。
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